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ふたりでひとり

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 解消だけでは先に進めない気がするからだ。克服することでそこから先に見えてくるものがあるという意識を持つこと。それを忘れてはいけないと思うのだ。
 その日中西は羞恥の気持ちを捨てて、風俗の店に赴いた。もちろん、予約を入れることは忘れなかったが、電話だということで、最初から直接受け付けするのではないという安心感もあった。
 電話と言えどもさすがに緊張した。いや、電話だからこそ、相手の顔が見えないことで、何を思っているのか分からないだけに余計に気になった。
 だが考えてみれば、こちらが相手を見えないだけではなく、相手にもこちらが見えないのだ。勝手な想像はされるだろうが、どんな相手が掛けてきたのかということを思うことも想像でしかないことを分かっているはずだ。
 これこそ、
「限りなく意識しているに近い無意識」
 という感覚なのかも知れない。
 意識しているつもりはないが、気が付けば意識している。まるで感覚がマヒしているかのような思いに似ているかも知れない。
 それも矛盾した考えで、マヒするということがどういうことなのかを考えれば分かることでもあった。
 例えば、極寒の中で手がカサカサになって、感覚がマヒするということがあるが、これは寒すぎて覚えた痛みが究極に達することで最終的に痛みを感じなくなることから、
「感覚がマヒした」
 という表現を使うのではないだろうか。
 病気になって発熱する時も似たような感覚だと思っている。風邪をひいて熱が出る。これは人間の中にある抗体が、侵入してくるウイルスや菌に対抗しようとして抗っていることで怒るのが発熱という症状である。
 だから、熱が上がっている間は、本当は熱を冷やすわけではなく、身体を暖めて、熱が上がり切るまで待つということをする。その間にものすごい汗を掻くだろう。それによって悪い菌やウイルスが身体の外に出てしまう。熱が上がり切らない間は、身体に熱が籠ってしまって、汗を掻くこともない。だから汗を掻いてくれば。そこから先が快方に向かう曲がり角なのだ。
 ピークを越えてしまうと、汗が出てくるので、それを拭きながら熱が上がり切るまで待って、下がってくれば、そこで初めて熱を冷ます治療を施す。これが本当の治療だという話を聞いたことがあった。
 つまり感覚がマヒするというのは、風邪などの時に熱が上がり切ってしまったピークの状態のことを示しているのではないだろうか。
 ということは、
「限りなく意識しているに近い無意識」
 という思いから、感覚がマヒするというのは、ちょうど熱が上がり切ったピークの状態のことをいうのではないだろうか。
 電話を掛けた時に何をどう話したのか覚えていない。対応は別におかしくはなかっただろう。相手の返答があまりにも事務的だったということを感じたからだ。
 こっちが微妙な受け答えをしていれば、少なくとも不審に感じることで、トーンが変わってくるはずだからである。何を話したのか、さらに相手がどんなことを言ったのか覚えていないくせに、相手が事務的だったことは覚えている。それだけ自分が相手の反応に対して敏感であり、それだけしか意識していなかったということを示しているのだろう。
 予約は形式的な中で行われた。通話時間も三分ほどだったことでも、あっという間だったことは分かるというものだ。
――それにしても、あんなに事務的な対応しかできないのであれば、電話を掛ける客も苛立つのではないだろうか――
 とも思ったが、客の側からしても、何かしらの後ろめたい罪悪感のようなものがあるのだろう。
 電話の受け答え一つで、こっちがどのように見られているか分かったが、それでも店に赴くと、電話での態度がまったく別人であるかのように感情が入っていた。
――いや、感情が入っているように見えるだけかも知れない――
 とも思ったが、やはり相手を目の前にすれば、何かしらの感情が湧いてくるのも人間というものだ。いくら相手を見下しているかのように見えても、そこは客商売、相手にいかに悟られないようにするかを心得ているのかも知れない。
 ただ、中にはあからさまに事務的な人もいる。そんな人は表情からして、嫌々やっているという姿が見られた。
 これは風俗のお店に限らず、飲食店でも言えることだった。明らかに嫌々やっているのが露骨に伝わってくる。
「ありがとう」
 などという言葉を金輪際言わないと心に決めた相手もいたくらいだ。
――まさか、女の子は違うだろうな――
 という嫌な予感が頭を掠めた。
 前のように待合室で待たされることになったが。今回は予約していることもあって、前ほど待たされることもないはずだ。しかも、前は初めてだったという思いが、自分の心臓をできる限り興奮させていたような気がしたのに対し、二度目というのはそこまで感情が激しくなかった。
「二度目」
 という感覚が自分を冷静にするのだが、初めてとは違った意味で、一歩先に進んだという意味で、初めての時よりも重要であることを自分なりに意識しているつもりだった。
 その日の待合室は初めてきた時と明らかに違った気がした。まず最初に感じたこととしては、
――こんなに狭かっただろうか?
 という思いだった。
 その日はこの間よりも早かったということもあったが、待合室には二、三人しかいない。皆単独の客で、思い思いの行動をしていた。もっともここではマンガを読むかスマホを見るか、テレビを見るかのどれかにしかならないのだろうが、三人とも別々の行動をしているのを見ると、滑稽な感じがしてきた。
 狭いと感じ、その理由を考えようとした時、自分の番号が呼ばれたので、その理由を考える時間もなく、以前のように注意事項の説明を受けての、女の子への「ご案内」となった。
「こんにちは」
 同じ女の子だったにも関わらず、最初に見た時と印象がかなり違っていた。
――何が違うんだろう?
 衣装が違っているのかと思ったが、それほど違っているわけではない。
「こんにちは、今日もよろしくね」
 と言って、暗に初めてではないことを匂わせるような言い方をしたが、彼女はそのことを気にもせずに、
「はい、よろしくね」
 と言って微笑んでくれた。
 そして、部屋に連れて行ってくれたのだが、その部屋は前と同じ部屋だった。毎日同じメンバーばかりが出勤しているわけではないだろうから、部屋はランダムになってしかるべきだと思っていたので、同じ部屋だったのは、ある意味安心感を与えてくれた。
 中に入ると、今度はこの部屋にもさっきの待合室に感じたのと同じ感覚を覚えた。
「部屋が違うような気がする」
 と思わず呟いた。
 本当は、
「狭く感じる」
 と言いたかったのだが、それをよしたのは、話の展開から持っていく方がいいと思ったからであろうか。
「どういうことですか?」
 と聞かれて、
「前も同じ部屋だったんだけど、なんか狭い気がしてるんだ」
 と正直に言うと、
「私もその感覚分かるような気がするわ。以前に私も同じ部屋が続いた時、前の時と比べて狭く感じたことがあったのを覚えているもん」
「それは、このお店で?」
作品名:ふたりでひとり 作家名:森本晃次