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短編集83(過去作品)

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 自分から決して目立つことのない星野は、中心にいることはない。かといってわざわざ端の方に身を隠すようなマネもしたくない。十人という人数はちょうど、中心になりたがる人間、端の方にいたがる人間、それぞれが一人は必ずいるものだ。
 呑みに行っても座る定位置は決まっている。中心に座りたいやつ、端に座りたいやつと決まっているが、星野は意識しない。中心になるのならそれでも構わないし、端になるのであれば、それでもいい。そんな細かいことを気にしないのも、平凡な生活をしていくために必要なことであった。
 学生時代には、人並みに女性とも付き合ったことがあった。しかし、そのどれもが長続きするものではなく、長くても三ヶ月付き合えればいい方だった。最初に女性と付き合った時の星野は、今までにないほど有頂天だった。
――こんなにウキウキした気持ちになっていいものだろうか?
 と考えたほどで、思わずまわりの友達に宣伝してしまったほどである。その時はまわりがまったく見えていなかったので、どんな視線を浴びていたかなど意識していなかったが、今から思えば顔から火が出るほど恥ずかしく、情けないものだと思えてくる。人に自慢するなど、自分の性格を知っていると思っている星野にとって、汚点でしかなかったのだ。
 しかし喋りたくなるのも本能ではないだろうか? 自慢してみたくなり、つい話をする。
 まわりは有頂天になっている自分に対してクールだ。ここまでクールに見えるとは思わなかったが、考えてみれば当たり前のことだ。
――相手の立ち番が自分だったら――
 と考えると、決していい気分はしない。学生時代なら聞いていてもそれほど苦にならなかっただろうが、社会人になった今であれば、
――時間の無駄だ――
 と思うことだろう。それだけ時間に対してシビアな感覚を持っているのだ。
 学生時代から時間というものをいろいろ考えていた星野だったが、社会人になるとゆっくり考える余裕もなくなってきた。一日があっという間に過ぎることもあれば、なかなか過ぎない日もある。それが極端であり、極端であることを知るのは、一日が終わった時である。
 目が覚めると前の日が長かったのかどうかをいつも考えている。特に最近は夢を見ていることが多く、昨日の終わりがかなり前に思えてしまうのだが、肝心の夢の内容を覚えていないことも多い。後になってふと思い出すこともあるが、そんな時はいつの夢だったか覚えていないこともあり、時間の感覚に狂いを生じていることに気づくのだ。
「平凡な生活をするのが信条だって言ってたけど、それが一番難しいんじゃないのかい?」
 一緒に呑みにいく連中の中で一番親しい同僚に話しかけられた。
「そうなんだよね。学生時代はそれでも何とか意識することもなかったが、会社に入ると難しいよね。平凡な生活って何なんだろう?」
「俺は、平凡な生活って聞くと、一つのパターンがあり、その通りに生活するってイメージがあるんだが、違うかい?」
「そうかも知れないね。だから、社会人になると、なかなかそうもいかないんだろう。仕事が流れ作業だったりすることが一番ネックだったりするし」
 人から回ってくる仕事、自分から回す仕事、自分でコツコツこなす仕事、それぞれあるが、人から回ってくる仕事が滞っていては時間調節などできない。そんな時にストレスが溜まったりするに違いない。
 ストレスが溜まる時間は、身体に油断ができてしまう。身体に油断ができると余計なことを考えてしまい、風邪を引いてしまったりするものだ。体調管理をしっかりしないといけないのは分かっていても、精神的に余裕がなくなってしまう考えが頭をよぎると、なかなか身体がいうことを聞いてくれない。そんな時、時間の果てしなさを感じてしまったりするのだ。
 ストレスなど学生時代に感じたことはなかった。余計なことを考えることはあったが、それも堂々巡りで、答えの出るものではなく、すぐに考えるのをやめたものだ。だが、また同じ事を考えてしまうこともあり、そんな時、時間を長く感じたりする。
 同じようなことを他の人も感じているのかを考えたりするが、もし同じ考えをしている人がいるとして、自分と同じくらいの時間だと思っているかどうかが一番気になるところである。
 夢をなぜ覚えていないかが分からないが、それだけ疲れているということだろうか?
 それとも、同じ夢をいつも繰り返して見ているので、意識が薄いのだろうか?
 どちらもあるような気がする。
 夢に限ったことではないが、普段はほとんどすることがなく、たまにすることで、
――かなり久しぶりだが、覚えているだろうか?
 と感じることがある。
 だが、実際にやってみると取り越し苦労だったようで、身体が覚えているものだ。それは車の運転などにも言えることで、半年以上ハンドルを握っていなかったにもかかわらず、実際に運転する時には違和感なくできたものだ。免許を取ったのが、大学に入ってすぐだったので、車を持たない星野にとって車の運転は本当にたまにしかすることはない。
 その都度、心配になるのだが、いつも心配には及ばない。却って油断にならないかの方が心配なくらいだ。
 ハンドルを握ったのがまるで昨日のことのようだ。手にはハンドルの感覚が残っていて、しかも太さがしっくりくる。かなり前に運転した時とハンドルの太さが違うはずなのに、なぜなんだろう?
 しかし、それも昨日の夢で、車を運転したと考えれば、かなり以前の記憶が残っていたと考えるよりもしっくりくるのではないだろうか? 記憶に残っていないだけで、身体が夢を覚えている。正夢だったのだろうが、そんな時は得てして夢の内容を覚えていないのかも知れない。
 いつも平凡でありたいと常々思っていると、考えがいくつかあれば、その中で少しでも辻褄の合うものをと考え、それを結論つけることが一番だと思っている。あまり深く考えるようなことをしたくないのだ。
 そのくせ、無意識にいろいろ考えてしまうのはどうしてだろう? どこか平凡でいたいと思うことに無理をしているのではないだろうか? そんな時に頭をよぎるのが平群のことだった。嫌いだったはずなのに……、特に社会人になると、思い出すことが多くなっていた。

 高校生の平群は、まわりのことをあまり気にしなくなっていた。
 親を中学の頃に事故で亡くし、以後親戚に引き取られた。親戚の家で、最初はさすがに気の毒だと思われていたようだが、平群が高校に入学する頃には、
「何か、あの子気持ち悪いわ」
 と奥さんに思われるようになり、ご主人も奥さんの言葉を真に受けるようになっていった。
「お前がそういうならそうなんだろう」
 そんな会話を平群は知る由もないが、次第に変わっていくおじさんおばさんの態度は気になっていた。
 どこがどう変わったというのだろう? 平群には分からない。だが、まわりの人が自分を見る目も今までとは違うものだった。
 それまで鏡を見ることのなかった平群だったが、気になり始めてから、毎日のように覗く日々が続いた。
「俺の顔ってこんな顔なんだ」
 一人鏡に呟いている。そんな自分が気持ち悪い。だが、その頃まではまだ自分の性格を分かっていなかった。
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次