短編集83(過去作品)
平々凡々
平々凡々
「どうして山に登るんですか?」
と聞かれて、
「そこに山があるからです」
と答える人がいる。
実に格好いい答え方だ。潔さが滲み出ているように思える。ここに一人の男がいる。名前を平群陽一といい、まだ高校生なのだが、いつも希望に満ちている人を見ると、他の人とは違った目で見ているようだ。
自分独特の世界観を持っている平群は、人と話すこともあまりなく、特に皆で群れを成しているのを見るのが一番嫌だった。小さい頃からいつも一人でいて、友達に遊びに誘われても、
「僕はいいよ」
と断り続けていた。
次第に誰も誘わなくなり、まわりから変わり者のレッテルを貼られ、存在を意識されなくなっていく。まるで石ころのように、見えているのに誰にも気にされない存在になってしまっていた。それは本人が望んだことであり、望むところだったのだ。
先生からはさすがに、
「もう少し協調性を持たないと、将来困るぞ」
と諭されていたが、
「どこが困るんですか?」
と正面きって聞かれれば言葉がそれ以上続かない。先生もさじを投げたくなるような生徒で、一番扱いにくかったに違いない。
だが、気にしなければ害があるわけではなく、人に迷惑を掛けることもなかった。いつまでそんな存在でいられるか分からないが、人から気にされないでいるということは、平群にとって、それ以上もそれ以下もないのだ。
一人でいることがすべてである。
「一体やつは何を考えているのだろう?」
と話題に上ることはあるが、すぐに話題ではなくなる。もう少し話題になりそうなものだが、彼を見ていて不思議と誰も話題にしようとしないのだ。気配を消しているだけではなく、話題にならないような魔力のようなものがあるのではないかと思えるくらいだ。
かくいう、こんなことを気にしている自分は一体何なのだろう?
平群と親しいわけでもなく、友達になろうという気もない。まわりからはごく普通の男として見られているだろうと思っているし、友達もそれなりにいる。平凡を絵に描いたような性格かも知れない。
名前を星野といい、平群とは話したこともなかった。しかし、偶然なのか小学生の頃からいつも同じクラスで、中学卒業までずっと一緒だった。高校に進学してやっと離れることができたのである。
「よかったな。呪縛が取れて」
星野が平群とずっと一緒だということを気にしているのを知っている友達に、からかわれるように言われた。
「よせやい。別に意識なんてしてないさ」
などと口から出任せをいう。だが、元々が顔に出るタイプである星野なだけに、
「ははは、それが意識してないやつの顔かよ。鏡見て来いよ」
と言われて思わず鏡を見に行ったものだ。
鏡を見に行く行為自体が、
――私は意識しています――
と宣言しているようなものである。ちょっと人から言われると、ビビッてしまうところが、自分で一番嫌なところである。
そんな性格は親から受け継いだものだと自覚している。
いつも子供には、
「誠実が一番だ」
と言っているが、時々親戚からお金の工面を頼まれて嫌とは言えずに、苦労を抱え込んでいる姿を見てきた。
――どうしてそんなに人がいいんだ――
と苦虫を噛み潰したような表情で見ている息子を、親は分かっているのだろうか?
父親がそんな感じなので、母親だけでもしっかりしていればいいと思うのだが、母も父に逆らうことをしない。誰にも諭されることのない父を見ていると気の毒になるが、まわりに掛かっている迷惑を考えれば、それは言い訳でしかない。さすがに最近は、父もあまり親戚の言うとおりにすることはなくなったが、それでも時々見せるお人良しなところは息子から見ていると頼りなくて仕方がない。
親戚というのは父親の弟で、どうも小さい頃に、父のせいで大怪我をしてしまったようだ。それが今までの父にとってどれだけ大きなものだったか、想像すらできない。さぞや大変なことだったのだろう。だが、それを差し引いても、余りあるのが今の父の姿である。トラウマという言葉がピッタリである。
トラウマを感じながら生活をしているというのはどんな気分なんだろう? 星野自身親に対して持っているものがトラウマかも知れないと感じたことはないが、まわりからは、
「お前は何かトラウマを持っているように思える」
と言われたこともある。
本当は違うんだと胸を張って言いたいのだが、ハッキリと断言できる自信がない。星野はハッキリと断言できないことはうやむやに答えてしまうところがある。どこまでもグレーにしたいのだ。
それが平凡でありたいという気持ちの表れなのかも知れない。すべてをハッキリすることで、余計な個性を示すことは避けたかった。
平群とやっと高校生になって別れることができ、それまで変に意識していた自分に気づいたのは、やはり自分が平凡という言葉を必要以上に意識していたからだろう。だが、却って平群と離れたことで、余計に平凡という言葉を意識するようになったのも皮肉なことだった。
――離れたのにどうして?
意識しながら生活していたから、平凡という言葉が彼を見ていることでハッキリと分かっていたのに、離れてしまって比較対象がなくなったことで、余計に意識が強くなったに違いない。
「お前はトラウマを持っているように思える」
と言われたことが頭から離れない。
大学時代の友達とは、よく夜を徹して自分の性格などについて話をしたものだ。だが、得てして自分のまわりには同じような性格の人間だったり、同じような意見を持った人が集まるもので、ある一定の枠から飛び出しての議論にはならない。大学時代はそれでもよかったが、社会人になるとそうも行かなくなる。何しろいろいろな意見の人も避けて通ることができないからだ。
大学時代に作ってしまった「仲間内」、いつも同じような意見を戦わせることは、結局自分の中に、一つの確立した性格を植えつける結果になってしまった。
それが今後どんな影響を及ぼすか分からない。しかし、中途半端な考えで社会人になったわけではないことだけはよかったように思う。まだ新人で何も分からない中、皆同じスタートラインだと思うことが大切なはずだからだ。
幸いに仕事は自分の好きな業種の会社に入れたことで、ある程度満足はしている。なかなか就職するのさえ難しい昨今、偶然というだけでは片付けられないものがある。それが自信に繋がるのである。
それでも平凡という言葉は自分の中から消えなかった。平凡を貫くためには、あまり突飛なことはできない。しっかり覚えていないといけないことは忘れてしまうと、平凡には生活できないと思っていた。
そういう意味ではメモを取る癖を持っていることは幸いだった。日記も毎日つけている。あまりマメな方ではないのだが、何かを始めると徹底しているところが星野にはある。そこが平凡な生活への裏づけであった。
同僚とはいつも一緒だった。結構大きな会社なので、同期入社の仲間も同じ本社勤務には十人近くいる。中には話をしないやつもいるが、事務所での研修期間は、結構仕事が終わってから一緒にいたりしたものだ。
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次