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短編集83(過去作品)

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――親のいないことがトラウマになっているのだろうか?
 そんな風にも考えたが、自分の中でどうしても意識として感じることができない。逆に何も考えられない時期がしばらく続いていたことも事実で、親が亡くなったのだから、仕方のないことだと思っていた。
 高校に入学するのに、環境を変えたのもそのためだった。誰も知らない土地で、自分を見つめなおしたいという気持ちがあったに違いない。元々友達が多い方ではなかったので、中学時代の環境に未練はなかった。むしろ、親のことがなくとも、高校に入れば心機一転まわりの環境を変えてみたいと常々感じてはいたのだ。
 望んだわけではないが、曲がりなりにも変えなければならなかった環境、自分を見つめなおさなければならないのも性急なことだった。
――一人になって考えたい――
 学校でも一人、帰り道も一人、どこでも一人だった。帰り道にある川原の土手、そこで空を見ながら横になっていた。青春ドラマの一コマのようだが、実際に情景が浮かんできて、そこに自分が佇んでいることが不思議だった。
 流れる雲をずっと見ていた。飽きることもなく見ていたのだ。元々気が長い性格だったが、次第に何事にも感じなくなっていく自分に気づくようになっていった。
「少々のことは気にしないさ」
 とまわりに話していたが、きっと、
――親を亡くして、投げやりになっているんじゃないか――
 と思われていることだろう。
 実際に投げやりになってもおかしくない環境である。グレないだけでもマシな方で、平群自身、グレることだけは考えていなかった。そこまで自虐的になれないのは、きっと性格的なことが影響しているからだろう。
 誰にも話していないが平群には絵画の趣味があった。中学まであまり友達を作らなかったのもそのためで、自分の時間を大切にすることの大事さを知っていたからだ。
 親から教えてもらった絵画、よく山に連れて行ってもらっては、キャンバスの向こうに大平原を臨んでいた。場所を探してくるのはいつも父親だったので、父親が亡くなったことのショックが計り知れないものであることを、きっと他の誰も知らないだろう。
 精神的に極限まで追い込まれると、却って無表情になるようで、葬儀の時など、
「あの子、悲しくないのかしら?」
 と心ない大人たちの噂もあったようだ。
 だが、実際は本当に何も考えられなかった。何かを考えているのだが、それはまるで夢のよう、誰かに声を掛けられたりして気持ちが現実に引き戻されると、それまで考えていたことをウソのように忘れてしまう。
 何かを考えていたとしても、目の前にあるのは白いキャンバスにどうやってバランスよく綺麗な風景を置いていくかということであった。人からは何も考えていないように見えるのは、抜け殻の自分を見られているからで、考えている時の自分の魂は違う場所にあったのかも知れない。
 ひょっとして魂だけが実際に風景の広がる山の平原の真ん中で、目の前のキャンバスを見つめているのかも知れない。そんな光景を見ているのもまた、平群自身であった。
「でもあの子気持ち悪いのよ。時々思い出し笑いなんかして」
 他の奥さんが話に加わる。それは平群の魂がまさしく山でキャンバスの前に立っているのを見ている自分がいるからではないだろうか?
 それは夢に似ている。
 夢に出てくる自分は二人である。主人公である自分と、そして夢を見ている自分である。
 そして、時々意識が入れ替わっているのだ。夢の中ではそのことに対しての不思議だという意識はない。
 夢の中で、何かに対し、
――不思議だ――
 という意識はあるのだろうか?
 潜在意識の中でしか夢を見ることができないという考えがあるが、平群もその考えに同感だった。あくまでも気配を消したがる平群が潜在意識の中で生きることができるのは、夢の中だけである。それだけに普段から考えているが、必死に打ち消している妄想を夢の中に見ても不思議のないことだ。
 果てしなく広がった大平原、その向こうには何があるというのだろう。自分が掴むことができないでいる幸運が広がっているように思えてならない。夢の中では、現実の世界の自分が不幸であるという意識を絶えず持っていて、表の世界では決して見せない顔を、夢の中の主人公に見るのである。
 平群は普段から自分の気配を消すことに終始している。それは本能からだろう。
 本能というだけではないかも知れない。確かに親と一緒に暮らしている頃から明るい少年では決してなかった。あまりまわりに流されることなく暮らしてきたのは、山の壮大さを見たからだろう。
 一緒に連れていってくれた親が亡くなってしまった。最初は魂が抜けてしまったようになった平群だったが、あまり精神的に弱い方ではないことは、自分でも分かっていた。
――しっかりしなければ――
 子供心にがんばっていこうという意識でいたのは間違いのないことだ。
 だが、それでも思っていたより、いや、想像の範疇だったかも知れないが、世間の風は冷たかった。
 もちろん、いくら親戚とはいえ、預かってくれている家にも家庭がある。そこには子供もいて、同じくらいの年頃だ。親はさすがに子供たちに、
「皆仲良くしなさいね」
 と一言言っておけば、仲良くするものだと思っていたかも知れない。あくまでも想像なのだが……。
 しかし、子供の世界に大人の理屈など通用するものではない。子供にとって、今までの自分の生活を脅かすやつが入ってくれば、それは侵略者でしかないのだ。
 アニメなどもその影響にあるかも知れない。地球という自分たちの世界を脅かす者は何であれ侵略者という烙印を押され、結局悪として人間に滅ぼされてしまう……。そんなアニメを見ていれば、自分の城を脅かす者すべて敵とみなしても不思議のないことだ。
「罪のない子供のすることだ」
 とよく聞くが、罪のないことが一番恐ろしかったりする。理屈も分からずに相手を見るのだから、罪がないだけに容赦ない。
 それを思い知ったのは、やはり他人の家に望んだことではないとはいえ、入りこんでしまってからだ。
 そこには平群より一つ年上の子供がいた。今まで何も変わったことなく、平凡な生活を続けている親の元で、順調に育ってきている子供だ。明らかに平群とは性格も違うし、それこそ罪の意識を感じるような子供ではなかった。
 一番辛かったのは、表と裏の顔の違いをハッキリと見たことだった。親や大人に対しては、
――僕はこんなにいい子です――
 と言わんばかりの優等生ぶり、しかし、実は自分の部屋に住まわせているのをいいことに、平群を奴隷のように扱い、宿題をさせたり、いいつけをさせたりと、それも表情一つ変えずに行っていた。あくまでも平然と……。
――こんなことが許されていいのか?
 と思いながら自分の境遇を呪った平群だが、次第に平群も表情が固まっていく。無表情の境地に陥ったとでもいうべきだろうか。
――大人なんて皆バカだ。特に親バカほど情けないものはない――
 と心の中で思うようになると、あまりそのことについて深く考えることがなくなっていった。考えるだけバカみたいだからだ。
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次