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短編集83(過去作品)

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 彼女が常々話している石ころとは同じ言葉でもかなりニュアンスが違っているように思えてならない。その文章を読んでからしばし時間が止まってしまったような気がした。何かを一生懸命に考えているとは思うのだが、考えているような気がしない。先ほど夕日を見ながら見つめていた虚空を思い出していた。そこに写った影、本当に自分の影だったのか、などとおかしなことを考えている。
 最後から二行目を眺めていた。
「自分にとって最高の時のあなた、あなたにとって最高の時の私」
 この言葉も考えさせられる。
 お互いの最高の時、お互いに絶頂の時だと考えている。普段であれば何も考えることもなく読み過ごしてしまうのだろうが、今はそういうわけにはいかない。
 和子が死んでしまったということ、これは紛れもない事実なのだ。まるで自分の死を予見していたように思えて仕方がない。萩という土地はそんなことを考えさせられる土地でもあるのだ。特に高杉晋作は志半ばで、命を落とした人ではないか、和子にしても、和豊にしても、そんな高杉晋作の行き方に感銘を覚えていた。この土地にやってきて特に感じるのだ。
――このまま時計が止まってしまわないかな?
 何を根拠に考えるのか分からない。この場所でこうやっていれば死んだはずの和子に会えるのではないかと考えている自分が滑稽には思うが笑うことはできない。
――ここにいた時の和子は自分に死が迫っていることに気づいていたのかも知れない――
 信じがたいことだが、頭を掠めては確かにそう考えている自分を自覚することができる。もちろん、ここにいた間だけのことなのだが、恐怖を感じていたのだろうか? 覚悟などというほどハッキリした考えがあったわけではあるまいが、恐怖を感じることもなかったように思う。あくまでも他人事、夢を客観的に見ているもう一人の自分のような存在だったのかも知れない。
 何もかもが夢?
 ここにいるとそう思えなくもない。どこからが夢なのかとも考えてしまう。時計を止めてくれる場所があるとすればここだけのように思える。まるで夢を見るためにある場所を勝手に創造しているかのようだ。
 彼女が歴史を好きだということも何かを暗示しているようだ。
――一番最高の時――
 確かにそうかも知れない。彼女が最高の時しか知らないし、彼女も自分が最高の時しか知らない。それがお互いにとってだけだとは思えないのだ。たった数ヶ月の短い間だけだったが、和子と過ごした日々はこれから送るであろうすべての時間を超越しているように思える。和豊は思う。
――結局自分がいつも可愛いんだ――
 これからの出会いの中で、これ以上の出会いはないと感じた瞬間を、萩という土地で、和子の残した雑記帳を見ながら感じている。
――交通事故は偶然だったんだろうか?
 嫌な予感が頭をよぎる。
――和子のいない人生なんて――
 と思わずこの世に何の未練もなく、覚悟を決めたような気持ちになるが、その思いは初めてではない気がして仕方がない。かつてどこかで感じた思い。それが今、よみがえってきたのだ。
 今まで和豊は自分の運命に逆らわずに生きてきた。自分勝手なところもあると最近では感じているが、本能のままに生きることが一番自分らしいと思っていたからで、萩というこの場所も微妙に心をくすぐる土地であった。
 そう考えると、この喫茶店にも前に来たように思えるのも不思議である。その時の心境が本当に自分だったのか疑わしいのだが、見覚えがあるのだ。
――和子が見たこと感じたことを今感じているのかも知れない――
 そう感じると、和子と出会ってからの数ヶ月がシンクロしてくるようである。
 実に短かった数ヶ月だが、永遠に続いているように思え、今だ終わってしまったなど信じられない。どこかで続いているのを確認したくて訪れたのが萩という街だったに違いない。
「一緒に石ころになろう」
 和豊はそう呟いた。
 真っ暗な部屋で、暖かい空気に包まれながら一人の男が佇んでいる。人の気配は感じられないのに、暖かい空気が漏れてくるのだ。部屋を開けると明るい日差しが差し込んでくる。小さな砂塵のようで、光の線が鮮やかだ。
 部屋の奥を覗くと、そこには大きな石が二つ置かれている。それも寄り添うように……。きっと誰にも見られることもなく、誰に束縛されることもなく、そこに佇んでいることだろう……。

                (  完  )


作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次