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短編集83(過去作品)

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 そんな和豊も中学の頃までは本を読むのが苦手だった。せっかちな性格なので、結論から見ないと気がすまないところがあり、ミステリーなども、テレビで見て面白かったら原作を読むという程度のものだった。
 だが歴史小説を読むようになって少し変わってきたようだ。歴史小説には始まりも終わりもない。どこをとっても途中なのだ。読み込めば前が読みたくなり、さらに先も知りたくなる。一人の人物に集中しても、全体から見ても、幅が広がってばかり、それが和豊を夢中にさせた。
 和子が幕末を好きだといえば、和豊が持っている幕末の本を貸してあげた。和子は喜んで数日で読破したようだ。
 毎日を平凡に暮らしている人ほど、歴史に興味を持つものだと思っていたが、逆かも知れない。
「お前、そんな風に思っていたのか?」
 友達に話すと、呆れたような顔でそう言われた。
「そうじゃないのかい?」
「いやいや、自分に不安を持っていない人なんていないんだから、興味を持つきっかけさえあれば皆歴史に興味を持つはずさ」
「そんなものかな?」
 ピンと来なかったが、そんな気もしてきた。
 どうも最近、冷めた目で世の中を見ているように思えてくる。冷静といえばそれまでだが、無意識に必要以上のことを考えないようにしているのかも知れない。いいことか悪いことか分からないが、そのために何かに追い詰められているという思いが強くなってきている。
 自己中心的な考えが強いと思っていた。以前に付き合ったことのある女性たちが和豊の前から去っていく時のセリフなどない。黙って去っていくことが多いので、
――自分が悪いんじゃないんだ――
 と言い聞かせてきた。最近は自己中心的な考え方について来れないだけではないかと思うようになってきたのだが、だからといってすぐに性格が直るわけではなく、また同じことを繰り返しそうに思い不安も若干あった。
 それでも和子だけは違っていた。
「あなたといると安心できる」
 この言葉が和豊に結婚を決意させたのだ。しかも結婚には慎重だと言っていた和子が二つ返事で承知してくれた。もう迷うことなど何もなかった。
 人を好きになるには二つのパターンがある。一目惚れで一気に好きになるパターン、そして徐々に好きになるパターンであるが、きっと和豊は和子に対して一目惚れだったに違いない。一目惚れであっても、最初は自覚がないものだ。後になって相手も自分のことが好きだったということを知って初めて自分が一目惚れだったことに気づく。まさしく和子とはそういう女性だった。
 もちろん不安がなかったわけではない。自分は気にならないが、
――もし何かの拍子に彼女が風俗に勤めていたことがバレたら――
 と思うと少し不安だった。そんな話は押し切ればいいのだろうが、その時のことを考えると、それまで絶頂だった気分が萎えてしまう。絶頂な時は、本当に絶頂な気分を味わっていたいと思う気持ちが強く、それこそが自己中心的な考え方であることに気づかなかった。
 自分がかつて好きになりかかった女性がいたが、彼女はすぐに不安になる女性だった。本当に和豊のことを好きだったのかどうかまでは分からないが、和豊自身それほど深い気持ちはなかった。
 相手の女性は携帯メールが好きな女性だと見え、ことあるごとに携帯メールを送ってきていた。最初こそこまめにメールを返していたが、そのうちに億劫になってきたのだ。元々携帯メールを打つのが遅く、時間が掛かるので、返したとしても一言が多かった。どちらかというと電話だったり、会った時に話をするのが普通だと思っていたので、途中からなかなか返さなくなっていたのだ。
「私、怒っているのよ」
「はぁ?」
 電話が掛かってきていきなりのセリフ、意味が分からなかった。
「あなたには分からないの?」
「分からない」
 実際に言いたいことが分からない。すぐに不安になる彼女からすればコミュニケーションの手段としてのメールを大切にしたかったらしい。しかし和豊にしてみればいつだって電話で話したりできるので、それほど心配していない。というよりも、不安になるほどまだ相手のことを愛しているわけではないと思っていたのに、なぜ怒られなければならないのかという思いが強かった。まるで拘束されているような気分になるからだ。
 昔の和豊は逆だった。一目惚れすることが多かった和豊は、自分の起こしたアクションに対し、相手が返してくれなければそれだけで苛立っていた。それはあくまで自分が一目惚れした相手だけであって、その時の彼女が和豊に一目惚れしたわけではない。ただ、付き合っている上で不安だというだけなのだ。
 和豊は分からなくなっていた。いくら、
「分からないの?」
 と聞かれても、
「分からない」
 としか答えようがないではないか。本当に自分を好きなら苛立ちがあっても、相手を責めたりはしないだろうと思っているからである。
 しかし、それも冷静に考えると、和豊自身、自己中心的な考え方が顔を出しているからだとも思える。なぜ怒っているか分からない相手に対し、気持ちが萎えてきているのも事実で、
――そこまでいうんだったら、別れてもいいか――
 とまで考えている自分がまるで自分ではないようにも思えてくる。
 明らかにそれまでの自分とは違う。冷静だといえばそれまでだが、そこまで自分が冷たい男だったとは思わなかった。女性を大切に思う気持ちはあるのだが、こうも一方的に責められれば、今後のことを考えてもまた同じようなことを繰り返さないとも限らない。
 いや、他にもっと自分に合った女性が現れるのではないかと思えるのだ。それこそ自己中心的な考えなのかも知れない。
 そんな時に出会ったのが和子だった。
 和子は実に控えめで、お互いに知りたくないことは知らないでもいいという性格だった。人によっては物足りないかも知れない。しかし、和豊にとって最高の女性だった。控えめなところに惚れたと言っても過言ではないだろう。
 人を好きになるのに理由なんていらないというが、果たしてそうだろうか。理由が分からないということはあるかも知れないが、それでもどこかに理由は存在する。しかもその理由が一つではないかも知れない。和子のことを考えていると、そう思えて仕方がない。
 歴史が好きだと言っていたところも和子を好きになった理由の一つだろう。他の人から見れば実に些細なことなのだろうが、お互いに共通の話題や、話題にしないとしても、同じような考え方を持っていると思っただけで安心するというものである。和子が、
「あなたといると安心できるの」
 と言っていた言葉の裏に、歴史が好きなもの同士という気持ちが隠れていないとも限らない。
 和豊は和子の葬儀も終わり、少し精神的にも落ち着いてくると旅行に出かけてみたくなった。行き先はどこでもよかったのだが、まず思いついたのが萩だった。萩は、歴史が好きだと言っていた和子の好きな幕末にゆかりのある土地、しかも彼女がよかった場所だと自ら口にしていた場所でもあった。
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次