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短編集83(過去作品)

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客観的な自分



                客観的な自分


 あまり電車に乗って移動することのない真崎貞三は、電車の中がこれほど騒々しいとは思ってもみなかった。確かに通勤時間に学生が混じっていれば騒々しいのも当たり前で、学生とサラリーマンの違いがこれほどのものとは思いもしなかった。普段は車での通勤なので、人の顔を見ることもなく、乗っている車の種類で中にいる人を想像する程度であった。
 大きな車で、しかも黒系統であれば、あまり相手にしたくないと思うし、軽自動車に乗っていれば若いOLを想像してしまう。マナーのいい人もいれば悪い人もいて、一概に車の種類で判断できないところもあるが、大抵は当たっているだろう。
 しかし軽自動車の方が何をするか分からずに、あまり接近したくない。女性はどうしても咄嗟の判断能力に欠けるところがあるからだ。
 しかも当たってから、相手に罪の意識がなければ最悪だ。警察の前で、自分の正当性を必死に訴えられでもすれば、こちらは完全な悪者になりかねない。その当たりを警察が分かってくれていればいいのだが、そうもいかないだろう。
「女性ドライバーは何をするか分からないからな」
 同僚の話に真崎も納得だった。元々イライラする方の真崎は、女性ドライバーには不信感があった。一般的なルールをことごとく無視して、我が者顔での運転。皆が皆そうとは限らないが、少なくともそんな女性ドライバーを数え切れないほど見てきている。
 運転を見ているからだろうか。一定の女性に対しては、同じような思いを抱かずにはいられない。だが、さすがに面と向かってでは態度を表さない。時々、
――そのニコニコした顔の下を覗いてみたい――
 と思うこともあるくらいだ。
 しかし、会社の駐車場が一時使用不可になってしまったことで、電車通勤を余儀なくされた。しばらくのことらしいので、
――たまにはいいか――
 と電車の揺れを楽しみにしていたものだ。
 学生時代は電車に乗るのが好きだった。中学までは学校が近くだったので、徒歩かバス通学だった。電車で通ってくる連中を羨ましく感じ、駅で待ち合わせていて、自動改札機に定期を通す姿が格好良く見えたものだ。
「そんなに羨ましいか? ほとんど座れないし、毎日は嫌なものだぞ」
「つり革にぶら下がって表を見つめる姿が凛々しく感じるんだよ」
「変わったやつだな」
 という会話をしたことがあった。大人に憧れる年頃でもある。背筋を伸ばして、コートを着て、つり革に?まっている姿を思い浮かべると、本当に凛々しく感じるものだ。
 そんな真崎も高校を少し遠くにある私立にしたので、否応なしに電車通学となった。
 もちろん望んでいたことだっただけに、電車に乗れるだけで嬉しかったが、高校というのが、都会のど真ん中にある学校で、まさしく通勤時間にぶつかった。ほとんどすし詰め状態、まわりを観察したりできる余裕などあったものではない。一旦入ったら最後、停車駅ごとに一度表に出ないと目的の駅で降りることも困難であった。まさかここまでとは思っていなかっただけに、それまで抱いていた電車通学への憧れもいつの間にか忘れてしまっていた。
 帰りはゆっくりなのだが、部活でクタクタな状態で帰るので、疲れ自体を感じない。身体が麻痺してしまったようで、揺れに任せて眠ってしまうことも多かった。だが、それでもしっかりと降りる駅で目が覚めるもので、本能のようなものを感じてしまう。
 大学に入ると、ラッシュ時間をはずして通学できるので問題はないが、通勤ラッシュを味わうとすればアルバイトが入っている時くらいだっただろうか。
 だが、電車の揺れは昔から好きだった。元々電車通学に憧れたのは、心地よい揺れと、
「ガタンゴトン」
 という音が好きだったからかも知れない。音に睡魔を感じることは小学生の頃から分かっていたが、まさか高校の頃のようなラッシュがあるなど思いもしなかった。何も聞こえないのである。他の人の息遣いが耳鳴りの中に消えていき、そのまま身体の中に熱が篭ってしまうのだ。そのために呼吸困難になり、意識が薄れてくることもあった。
 ザワザワという音がどこからともなく聞こえてくると、それが和音となり、あたり構わず響いている。時々大きくなったり小さくなったり、早くなったり遅くなったり、胸の鼓動に呼応しているようにも聞こえる。
 うめき声なのか電車の軋む音なのか分からないが、意識が遠のいていくのはそのあたりにも原因があるようだ。
 久しぶりの電車ではあったが、幸か不幸か乗る時間はラッシュを過ぎた時間で構わなかった。仕事の関係で、出勤時間が十時過ぎでいいので、ラッシュに合わなくてすむ。それはありがたかった。
 その日に乗り込んだ電車はちょうど十一月の中旬、学生が試験の頃とぶつかったようだ。サラリーマンの数は少ない。だがそれでも幾分か通勤の人もいて、その顔はどれもが疲れ果てていた。賑やかな学生たちを見ていると腹が立ってくる。自分も学生時代そんな感じだったに違いないので、あまり言えないのだが、社会人になってみると、これほどな避けなく見えるものはない。
――お前たち、甘えるんじゃない――
 と叫びたい気分だ。
 それに比べてサラリーマンの寂しいこと、新聞で顔を隠している人、疲れからか眠そうにウトウトしている人、もう少し元気があってもよさそうである。これほど学生とサラリーマンに電車の中での態度が違うものだとは思いもしなかった。
――このまま旅行にでも行きたいな――
 そう感じたのはあまりにも情けない姿のサラリーマンを見たからか、それとも、こんな学生連中がサラリーマンになるとあんなになってしまうのかということを憂いているのか分からない。とにかく見たくもないものを朝から見てしまったという気持ち悪さでいっぱいだ。
 時間帯だろうか、やはり人数的にも学生が多く、真面目にテキストを広げて勉強している連中もいるが、ふざけながらの連中も多い。どうしてもふざけている連中に目がいってしまうのも仕方のないことだ。
 そんな中、奥の方に見える学生の中で、男一人に女性が二人、べったり寄り添っているようにしているやつがいる。男は無精ひげに小麦色の顔をしていて、きっと運動部に所属しているやつだろう。女性の一人は完全な茶髪で、制服のスカートも短い。この二人は街を歩いていて目を引くことはあっても、きっと違和感を感じることはないだろう。だが、もう一人の女性の髪は完全に黒く、制服の着こなしも巣通である。どこにでもいる女子高生で、明らかに三人の中では浮いているように見えてしまう。
――どうしてこんな中に彼女がいるんだろう?
 思わず親の立場で見てしまった。茶髪の彼女の親は分からないが、真面目に見える彼女の親は、銀行か官庁のような真面目な職業に就いているように思えてならない。それこそ偏見なのだが、まだ結婚はおろか、結婚を真剣に考えたことすらない真崎が親の気持ちになって考えるなど愚の骨頂かも知れない。だが、それだけ見ていてその場では浮いていたのだ。
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次