小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集83(過去作品)

INDEX|13ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 といわれれば言われるほど、その言葉に信憑性を感じられない。だが、実際には本当にいないのだ。
――言い寄る男は星の数ほど――
 まるで歌の文句である。実際に男を手玉に取っているような女性から見れば、
「お高く留まっているから彼氏ができないのよ」
 と誰もが考えそうなことを言うが、それも違うように思う。きっと、彼氏など欲しくはないのだろう。いつも見ている平群にはそうとしか思えない。
 淑恵を見ていると、平群は複雑な気分になってくる。彼女のまわりに男の気配を感じないことは嬉しいのだが、自分のことを男として見てくれないように思えてならない。自分だけではなく、どんな男性が現れたとしても、彼女にはオトコを感じないに違いない。
 十分な魅力を秘めているのに、女性として自分を消そうとしている。無理をしているように思えてくるが、それはきっと平群だから分かることだろう。いつも自分の気配を消し、石ころのような存在でいたいと思っている平群は、自分との違いを微妙に感じ取ることができるのだ。
 平凡な生活に憧れているあまり、今まで波乱万丈だった生活からの脱却を、
――気配を消す――
 ということに求めた平群は、自分にとって何が自然なのかをいつも考えている。自然を求めればこそ安息を知ることができると思っている。だから、気配を消すことにしても、ごく自然な気持ちからのものである。まわりに自然を求める気持ちが伝われば、自然に気配が消えるのではないだろうか。
 しかし、淑恵の場合は違う。
 どう見てもどこか無理をしているように思えるのだ。それは同じように意識を消そうと思っている平群だから分かることで、他の人からは分からないはずだ。もし分かるとするならば、彼女の弟だけかも知れない。
 いや、ここにもう一人、淑恵の気持ちが分かる人が一人いた。星野である。
 星野は平凡な生活を求めている。平群から見れば、相当無理をしているように見えるのだ。星野が自分を意識していることも分かっているし、それだけに、
――どうしてそこまで意識するんだ――
 と思ってしまう。相手にそこまで思わせるのだから、かなりの無理なのだろう。人の気持ちを考えれば自分の人生からは、他の人と違った発想になってしまうことを危惧しないでもない。星野から見れば、彼女の育った環境が分かるような気がするのだ。
 淑恵はお嬢さん育ちだ。それは身振りからも分かるし、歩き方を見ても分かる。そんなところから、
――お高く留まっている――
 と見えるのかも知れない。
 何も知らないお嬢さんというと、それまでの何不自由のない生活から背伸びしてみようという年頃があるはずだ。今の淑恵を見ている限り、その瞬間はまだ訪れていないように思う。星野が感じることだった。
 果たしてその考えに間違いはない。裕福な家庭に育ってはいるが、両親は海外生活、父親も母親もそれぞれ仕事を持っていて、両親が同じ国にいるということはないようだ。お互いに世界中を飛び回るような生活で、ほとんど日本には帰ってこない。父親は世界を股に架ける貿易会社のエリート社員、母親はマスコミ関係と、忙しさも半端ではない。邸宅には淑恵と三つ年下の弟がいるだけで、あとは通いでホームヘルパーが家のことを取り仕切ってくれているような環境で育ったのだ。
 あまり素性のいいとはいえない連中と付き合っている弟は、ほとんど留守がちである。夜ともなると一人になることの多くなった淑恵を気遣ってか、ホームヘルパーの人が時々泊まっていってくれる。あまり一緒に話をするわけではないが、誰かいるといないではまったく違う。誰もいない自室でさえ、他の部屋に誰かがいてくれると思うと、暖かさを感じる。そんな思いは他の人では味わえないだろう。波乱万丈の生活でもなく、平凡でもなく、寂しさが募りそうなのだが、そこまでない。中途半端なところから、突飛な考えが浮かんでくるはずもない。
――弟は一体何を考えているんだろう――
 いつもそのことばかりを気にしている。親がいない屋敷で、たった一人の血の繋がった弟、必要以上に意識をしていた。
――男性としてだろうか?
 そこまではさすがに淑恵の立場では判断できなかった。
 平群にとって、淑恵という女性は初めて出会った、
――必死になって考えることができる女性であった――
 今までは男女問わず、絶えず冷静な目で見ていて、必死になるなど考えられなかった。冷めた目でしか人を見ることのできない人間だが、それでもよかった。それが自然であり、余計な体力を使う必要もなく感じられた。
 星野の目から見てどうだったのだろう? 絶えず冷静でいられる方が無理をしているように思う。感情の起伏があってこそ人間というものだ。必死になることもあれば、冷静な時もある。だからこそ人生が楽しいのだ。
 先が分かっている人生ほど面白くないものはない。先が分からないからこそ不安になり、余計なことを考えるのだろう。平群は余計なことを考えないことが、一番不安を感じないことだと思い、星野は、無理をしないことが一番だと思っている。
 お互いを意識し始めたのは、淑恵という女性の存在があってからだろう。お互いに淑恵を意識しているためか、彼女に向けられる目には敏感だった。星野は平群を平群は星野を意識し始める。では、淑恵はどうだったのだろう?
 淑恵は他の男性には興味なかった。一番男性を感じているのは弟にであり、弟の素行がよくないからこそ気になってしまう。
――もし、真面目な青年だったら、ここまで気になっただろうか?
 と淑恵自身が感じるとおり、弟を見る心配そうな目は、
――女性の目――
 になっていた。
 一人の女性の存在がここまで男性を変えるのかと思えるような人が、弟の前に現れたから大変だ。弟の気持ちはもはや姉どころではない。その女性のために奪われてしまったのだ。素行は次第に真面目になり、いつも間にか学校にも行くようになり、あれだけ望んだ更正なのに、それが他の女性によってもたらされたことは実に皮肉なことだった。
 淑恵はその事実を素直に受け入れた。受け入れることで自分が苦しむのが分かっていながら、
――弟のため――
 と思うことで、自分を納得させた。
 人には二種類のタイプがある。
 自分がどうなろうとも相手が幸せであればいいという「自己犠牲型」と、自分が苦しむのをまず嫌だと思う「自己中心型」である。一見前者こそが美しく感じるが、そのはけ口が他に向けられたのでは同じことだ。得てして自分で抱え込んでしまってあくまでも美学だと思い込み、知らず知らずに誰かを傷つけていることもあるだろう。自己犠牲型の人間がしっかりまわりを見えているとは限らない。
 平群も星野もタイプこそ違え、自己中心型であることに違いない。自己犠牲の人こそ、ある意味一点しか見えておらず、美学だけを追い求めているように思えるのだ。だが、二人とも淑恵を見る目は違っていた。
 二人ともそれぞれの思いを持って淑恵を見ていたが、決して話しかけるようなことはなかった。だが、淑恵が見つめているその先にいたのは、平群だったのだ。
 星野はその時のことを今思い出している。
「あれからもう十年も経つんだな」
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次