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短編集83(過去作品)

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 しばらくすると、他の親戚が平群を引き取りたいと名乗り出た。そこは子供ができずに子供を欲しがっていた夫婦のところである。
 そこの夫婦は最初に引き取られた夫婦よりも少し年齢的に若く、子供がいないことからか、少し賢そうに思えた。少なくとも、今までよりも数倍気が楽であった。
 それでもそれまでに培われた性格は変わるものではなく、無口なところは残っていた。
 この夫婦は優しくしてくれた。まるで本当の子供のように平群に優しく接してくれたのだ。だが、それまでの境遇があまりにも恵まれていなかったために、愛に飢えていながら、人を信じてはいけないという思いから、反発心を高めていた。
 反抗期の子供なんてものではない。何しろ血が繋がっていないのだから、容赦なしというのが、平群の考えだった。だが、それでも相手は平群を信じる。
 すっかり悪者になってしまった平群は結局悪党になりきれる性格ではなかった。自分が悪者であることを自覚し、自分の性格の性悪さを曝け出していたことにどうしようもない憤りを感じていたのだ。
――俺は平凡に生きるなんて考えてはいけないんだ――
 という思いが頭をよぎる。
 前の家で受けた仕打ちを思い出した。
――今していることは、前に自分がされたのと同じことではないか――
 と思うのだが、されている方よりもしている方が、よほど意識のうちにあることを思い知った。罪悪感を一旦感じてしまえば、気持ちは落ち込んでいくばかりだ。
 まわりには、きっと目立たない性格に見えただろう。引き取ってくれた夫婦に対しての反発は実に静かなもので、悪く言えば陰湿だったことだろう。他の人には分からない陰湿さ、それが却って不気味に感じられる。しかもその不気味さを感じているのは当事者のみで、まわりの人たちは何も分かっていない。
「平群さんってクールなところがあって、素敵な感じだわ」
 そんなことを噂している女性もいた。本当の平群を知らない女性が、自分たちのまわりにいないような人間に興味を持つのは至極自然なことなのかも知れない。ミーハーといえばそれまでなのだが、確かに女性の興味を引きそうなクールさが表に出ていたのも隠し切れない事実だろう。
 だが、それも一部の変わった女性たちだけで、その他大勢の連中は、平群を石ころのような存在としてしか思っていなかった。それこそ彼の思う壺、気配を消すことが自分の生きる道だと思っていた。
 どうしてそんなに気配を消したいのだろう?
 平群には時々昔の世界が見える時がある。いや、きっと昔の世界だろうと思い込んでいるだけで、今も昔もまったく変わらない世界が目の前に広がっているのである。
 大平原にススキが生い茂った山の中腹、少し歩けば頂上にたどり着きそうに見えるのだが、それほど楽な道ではなさそうだ。どこまで歩いても頂上にたどり着く気配がない。後ろを振り向けば今まで歩いてきた軌跡が白く濡れているように見える。まるでカタツムリの歩いた後のようだ。
 風に靡いて揺れるススキ、頭より高いススキもあるくらいで、思わず背伸びをして覗き込むが、その先には目指す頂上がかすかに見えている。ススキの海の中を果てさを感じながら歩いてくると、丹精に刈られた芝生のように綺麗な緑の絨毯が顔を出す。
 丘の隆起がなだらかなのだが、光が当たって光っている部分と、影になった深緑の部分が一層くっきりと浮かび上がる。さっきまで感じていた山の大きさが錯覚であるかのように麻痺した感覚で見つめていた。
 そんな夢をよく見る。夢だと分かっているのは、それだけ落ち着いているからかも知れない。夢を見ながら、
――これは夢なんだ――
 と感じることが、自分にとって目の前に見える山の意義が分かってくるように思えた。
 山の向こうに何かがあるから歩いているわけではない。冷静に考えていれば、目の前にあるものを目指すだけなのだ。それが平群の生き方、人のことをいちいち気にしていたってしょうがないじゃないか。
「ハイテンションな時ほど、冷静に自分を見れる時はない」
 と何かの本に書いてあったのを思い出した。
 中学時代から一人図書館で本の背を見つめているのが好きだった平群の目的はそれだけではなかった。図書館という雰囲気が睡魔を誘うような静かな雰囲気が、平群には心地よかった。夏などクーラーで涼みながら、一番落ち着かせたい時にいたい場所が図書館だったのだ。しかもその時に図書館の受付にいた女性、彼女の存在が平群を図書館に引き寄せるといっても過言ではない。
 図書館にいる時の平群は、冷静さとハイテンションなところが同居しているようだった。ハイテンションというよりも、目の前に広がる世界の色が違うのだ。少しピンク掛かった色で、本当はほのかな気分になれる色なのだろうが、手放しに喜べないところがあった。
 ピンクという色は目に優しい色なのだが、一歩そこから離れると、オレンジや緑の目立つ世界に引き込まれたような気分にさせられる。まるで夕日を思い浮かべているよぅでオレンジという色は気だるさを感じさせる。
 ハッキリとまわりを写しているようで、気だるさは小学生の頃に見た夕焼けに舞い上がる砂塵を見つめることで感じていた。
 図書館では耳鳴りを感じていた。高山のように空気が薄いような気がして、冷房の涼しさを余計に感じる。そのくせ汗が滲んでいる。
 冷房の効き目はかなりなものがあったが、指先はしびれるほど冷えているのに、身体は火照っているかのようである。実に不思議な感覚だ。
 図書館という場所が、女性を知的に見せるのかも知れない。スラリと伸びた足はまさしくカモシカの足という形容がふさわしく、脚線美がさらに身体のラインを細く見せる。髪の毛も肩までストレートに伸びていて、喋る声が慎ましく実に大人の女性を思わせる。
 話下手という感じがするわけではない。ただ、控えめな小さな声は女性独特の恥じらいを感じさせ、子供心に、一緒にいて安心できる暖かさを醸し出していた。
 本を並べている時に、高い位置に背伸びして本を入れている仕草は、真剣そのものである。閲覧席に座って、本を読んでいるのに、時々気持ちが舞い上がっている自分に気付き、思わず頭を振って否定しようとする。石のような存在になりたいくせに人のことを気にするなどしてはいけないことだった。
 ある日、本を探していると、本棚に囲まれた一つのコーナーで彼女と二人きりになっていることに気付いた。
「平群くんは本当に本が好きなのね。いつも来ているようね」
 声を掛けられるなど思いもよらなかった。考えてみれば初めて彼女に正対したようだ。今まですれ違ったりすることはあっても、面と向かってマジマジと顔を見るのは初めてだったのだ。
――きっとじっと見つめて目を離すことができないだろう――
 という危惧があったからだ。そしてその危惧はまともに的中してしまった。目の当たりにしたその顔から目が離せなくなってしまっていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、そうですね。本は好きですね。先生はどんな本が好きですか?」
「嫌だわ。先生だなんて。教員免許なんて持ってないのよ」
作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次