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短編集82(過去作品)

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――自分に自信がないんだろうな――
 そんな自分を悟られたくなくて虚勢を張ってみせる。自信がないならないで、もう少し協調性を持てばいいのだろうが、それもプライドが許さない。額田自身にそんなプライドなどないが、それでも頑なになる理由は弱さを表に出したくないという気持ちの表れだと思っている。
 父も最近は人間が丸くなった。自分も父くらいの年齢になれば人間が丸くなるのか分からないが、そんな父がいつも苛立っていたのが仕事のせいだということが分かっていたので、社会に出る時には他人とは違う特別な思いがあった。
 会社に慣れるまでに半年は掛かっただろうか。まずは人に慣れることに専念したが、結局最後まで残ってしまった。一つの与えられた仕事をやり終えたことでやっと会社の一員になれた気がしたのだ。それまでは会社の人も気を遣っていたし、自分も馴染めなくて居たたまれない気持ちになったりもした。社会に出てからもまるで父親の呪縛を感じているようで、不思議な気持ちだった。
 なるべくなら父親の言っていたことを聞きたくはなかった。まだ小さかった頃に父は酔っ払って帰ってきては愚痴を零していた。小さな子供だったので理解できないまでも、漏らした言葉をそのまま受け止めていた。それが上司の悪口であったり、仕事上での個人攻撃であったり、聞いていて気持ち悪いものではないと分かっていたが、何が気持ち悪いのかまでは理解できない。
――課長って、仕事もしないくせに威張ってばっかりなんだ――
 と思い込んでいたものだから、実際に自分が目の当たりにした課長は机に座って指示をするだけで何もしないとストレートに見てしまう。違うのは分かっていても小さな頃から思い込まされてきたのだからたまらない。課長はおろか、課長の指示で動いているまわり人に心を許さなかったのも仕方のないことだ。
 これは仕事以外の面でも同じだった。女性に関してもそうであって、どうやら父は一度だけ不倫経験があるようだった。母がそれほど取り乱さなかったので、大きな問題にはならなかったが、母は相手の女性に直訴に行ったようだ。その時にどんな会話がなされたのか分からないが、さすがにその時だけは頑なな父も母の潔さに脱帽していたようである。
――潔さって、この僕にあるんだろうか?
 決断力に欠けることを一番気にしていた額田である。仕事はそれなりにこなすのだが、一つ一つを順番にこなしていくような仕事であれば結構テキパキとこなせる自信はある。しかし一度にいくつも仕事があると優先順位をつけることが苦手で、しかも判断力に劣るため頭がパニックに陥っていた。
 整理整頓が苦手な性格も災いしていたのだ。
 女性との交際においてそれはプラスだったかマイナスだったか分からない。
「あなたは浮気なんてできないわね」
 利美に言われたことがあった。
「どうしてだい?」
「だってすぐに顔に出るもの。あなたってそういう意味では分かりやすい性格なのよ」
「そういう意味では?」
「ええ、分からなくなることもあるんだけどね」
「どういうところだい?」
「しいて言えばそれをハッキリと答えられないところかな? その時になってみないと分からないわ」
「今までにもあったかい?」
「あったかも知れないけど、なかったかも知れないわ」
 完全に煙に巻かれてしまった。まるで禅問答のようである。そんな時の利美は、完全に主導権を握っている時だ。こちらが何を言っても、すべて相手の手の内にある時のようなのだ。
「一つ言えることは、あなたが決断力に劣る性格だということかも知れないわね。だから却ってまわりにはしっかりした人が集まってくる」
 利美の目が一瞬輝いた。それはまさしく自分だと言いたげだ。
 素直な性格とも言えるだろう。それが災いして決断力に欠ける。物事を実直に考えるので、算数のように答えが一つのものはテキパキとこなすことができる。しかし、応用力を要するものには、なかなか対応できないでいる。
 一つのことを一人で黙々とこなすことには長けていても、仕事をしているとそうもいかない。一時にたくさんの仕事をこなさなければならないことも多々あり、優先順位をつけなければならない仕事にはたじろいでしまう。
 素直な性格というのは、まわりすべてに納得がいかないと進むことができない。妥協を許さないといえば聞こえはいいが、まわりすべてにいい顔をしたいがために、先に進むことができないのだ。
 そこがいいという女性もいる。計算高い人よりも不器用な男の方が安心するらしいのだが、それも母性本能をくすぐるからではないかと考えた時期もあった。額田が母性本能をくすぐるような性格なのも芸術家特有の雰囲気があるからかも知れない。
 芸術家肌という言葉があるが、「我が道を行く」タイプの人が多く、額田もその一人だ。芸術と人間を比べると同じレベルで見てしまうのが芸術家だと思っている。したがって、優先順位などつけることもできず、それでも結局芸術を選んでしまうのが芸術家、それゆえに「孤独」という言葉が似合うのも芸術家である。
 そんな男に対し、たいていの女性は見向きもしないだろうが、中には芸術家の女性を追いかけるような女性がいる。「尽くす」タイプの人が多いようで、お互いに孤独を愛する人が愛し合うという雰囲気が溢れているような気がして仕方がない。
 カンバスを目の前に絵筆を手にとって、真剣な眼差しの芸術家、まわりには何もなく、しいて言えば遠くの方に大きな木が植わっているだけだった。被写体は遠くの方に見える大きな木である。
 そんな夢を見たことがあった。一度見てしまうと何度も見るもののようで、周期的なもののように思えてならない。
 風が吹いているのを感じるが、まわりに風を感じるものが何もないので、風が吹いていることが嘘のようだ。夢の中だという感覚があるのは、風が吹いているのを嘘だと思うからである。
 すべてのものを否定してしまいたい時がある。それは孤独を感じる時で、自分の存在も消してしまいたい。そんな時に見る夢だった。
――この世の始まりってこんな感じなんだろうな――
 と感じながら、距離感が麻痺してしまっているかのごとく、大きく見える木が次の瞬間には小さく感じてしまう。徐々に遠ざかっているように感じるのか、それとも小さくなっているのか分からない。
 夢の中で誰かが自分を見ているような気がする。大草原に見えるものは大きな木と、果てしなく続く地平縁だけなのに、上から見下ろされているように思って空を見上げる。
 見上げた空には、真っ青な空を泳ぐように走りすぎていく、真っ白い雲がたなびいている。厚みを感じる雲ではなく、まるで綿菓子のような雲だ。
――そうか、風が吹いているような気がしたのは、雲が流れているのを感じていたからだ――
 最初は分からなかった雲の流れも、気付いてから見ると、雲にも高さがあるようで、遠い雲はゆっくりと流れるが、近い雲は急いで走りすぎていく。だが、その大きさを計り知ることはできず、結局距離感が麻痺してしまうのだった。
 流れに逆らうことの滑稽さを思い知らされたようだ。時間の感覚が麻痺することは起きている時にはまずないが、
――麻痺してみたい――
作品名:短編集82(過去作品) 作家名:森本晃次