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短編集82(過去作品)

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 と感じる思いが、衝動的にそんな夢を見せるのだろう。
 起きて一番最初に感じるのは身体にへばりついた汗の気持ち悪さだった。夢を見たからといっていつも汗を掻くというわけではないが、うちに篭るような夢を見る時よりも、得てして壮大な夢を見ている時の方が多いように思う。
――夢というのは、目が覚める前の一瞬で見るというではないか――
 どんなに長い夢だと思っていても一瞬に見るものだから、目が覚めるにしたがって忘れていくものだと思っている。
 目が覚めて感じるのは、ほら貝が鳴ったような重低音が耳に残っていることである。夢の中で感じることのなかった風の通り抜ける音だけが、記憶として残っている。
 とにかく夢の中が明るかったことだけは覚えている。太陽がどこにあるかを気にした記憶もなく、空を見上げてもそれほど眩しいと思わないにもかかわらず、全体的に眩しいのだ。
 そんな夢を見る自分がいじらしく感じる。
 会社の先輩で、最近入院した人がいる。精神的に参っているのは知っていたが、悩みが身体をついに蝕んでしまったようである。会社の人とお見舞いに行った時は元気そうであるが、一人で行った時は、かなり憔悴していた。
「疲れというよりも、やる気が萎えてしまったって感じかも知れない。会社の人の前では虚勢を張ることもあるけど、気心の知れた相手だと、どうしても弱気になってしまうね。それだけ弱い人間なのかも知れない」
 そういいながらではあったが、会社の人と見舞った時に比べればサバサバした表情に見えた。仕事からの開放感に思える。追い詰められていたというのが顔に出ていて、
「俺は会社人間になるのだけは嫌だったんだ。それがいつの間にか会社人間になってしまっていて……。それが一番辛かったんだ」
 自分に嘘のつけない性格の先輩だったので、自分で自分を追い詰めて行ったのかも知れない。
「何か趣味でもあれば、よかったんだろうね」
 先輩は額田に絵の趣味があることを知っている。それで羨ましがっているのだ。
 先輩に最近見る大きな木の夢の話をしてみた。
「似たような夢を俺も見たことがあるよ。まだ自分が追い詰められることに自覚がなかった頃だね。最初はどうしてそんな夢を見るのか分からなかったけど、きっと開放感を無意識に欲していたんだろう」
 額田にはその気持ちは分かるような気がする。要領は額田も先輩もあまりいい方ではないので、お互いに性格を熟知していると言ってもいい。話をしていても、次にどんな言葉を発するかが分かる時もあるくらいだ。
 だが、その日は話していても次に先輩が何を話すか想像がつけにくかった。それだけ、精神的に参っているのか、却って新鮮に話を聞くことができる。
――いや、これが先輩の本心なのかも知れない――
 自分のことのように分かるだけに、普段の話も少しオブラートに包んで話をしているように思えてならない。かくいう額田自身には、その自覚があるからだ。
 先輩の奥さんはずっと付きっ切りである。奥さんも同じ会社に勤めていたのでよく知っているが、性格的には利美に似ているかも知れない。
 だが、そんな時に思い出すのは咲子でもあった。咲子との付き合いは今までの仲でも少し異色な時間だった。
 利美と付き合っている時は相手の気持ちがよく分かったが、咲子の時には分からなかった。故意に自分の性格をひた隠そうとしているふしがあり、いつも一人で何かを考えていることの多いのが咲子だった。
「何を考えているんだい?」
 聞いてみたことがあったが、決して答えようとはしなかった。だが考え事をしている時の咲子の横顔は素敵で、今思い出しても、利美にはないところでもあった。
 決して後ろ向きではない考え方をしていることは、絶対に頭を垂れることのなかったことでも分かるというものだ。
 咲子にとっての額田、額田にとっての咲子、付き合っていた時期は必然的だったように思う。お互いにこの時期だったからうまくいっていたのであって、もう少し前だったり、後だったりすると、すぐに別れていたのではないかと思える時期でもあった。そこに何ら根拠が存在するわけではなく、あくまでも額田の一存である。
 本当の「孤独」というのを一番最初に感じたのも咲子と付き合っている時ではないだろうか。
 相手の男が凶暴化してくると言っていたが、額田はどうだったのだろう? 逆に咲子の方が強い立場だと思っていたからうまくいっていたようにも思える。
 咲子の付き合う男性に凶暴化する人が多かったのと同様に、額田が付き合う女性には、男よりも優位に立とうとする女性が多いように思える。そんな女性を好きになることに違和感は一切なかった。気が楽だと思うからだろうか。
 そういえば、交尾の時にオスを食べてしまう虫がいるというではないか。確かカマキリだったと思う。額田は女性とセックスをした後、自分が食べられるのではないかと心配になることがあった。まさか本当に食べられたりするはずもなく、余計な心配なのだが、ことを終えた後のうたた寝から覚めた時にベットリ掻いている汗に驚いて、
「どうしたの。こんなに汗を掻いちゃって」
 と真剣に恐い表情になる女性たちだった。
「心配ないさ」
 と口では言っているが、覚めた瞬間すっかり忘れてしまっている夢のために掻いた汗なので、覚えていないのがいいことか悪いことか、そればかりを考えていた。
 自分にとっての防衛本能が働いてしまうことが汗を掻かせるのだ。
 目の前に迫ったものを危ないと思って目を瞑る俊敏性は、まさしく防衛本能の成せる業ではないか。普段から決断力に欠けると思っていただけのことかも知れない。
 意味もなくイラついては、まわりに不快な思いをさせる。焦らなくてもいいのに、焦ってしまい却って事態を大きくしてしまうこともある。
 そんな性格を困ったものだと思いながら咲子にも利美にも接してきた。二人とも本当に知り合って付き合った時期は自分にとっても二人にとっても必然的な時期だったに違いない。
 利美が絵を諦めた理由が分かるとしたら、きっと額田だけだろう。また額田にだけは分かってほしいと思っているはずである。
 平原のかなたに見える大きな木、それが実際の大きさに見え始めた時、絵を描くことを諦めた利美の気持ちが分かるような気がした。
 芸術家としての額田は、どこか抜けているくせに、心配性なところがある。小心者なのだろうが、それだけに創造することへの思いは人一倍だと思っている。
 何人の女性を好きになれば自分の好みの女性が分かるのだろうか? 額田にとって永遠のテーマである気がする。
 目標を持っていることが感覚を麻痺させることもあるようだ、最初は目標に向かって日々努力することがすべての面において充実していたのに、いつの間に惰性に変ってしまったのだろう。プラス思考がいつしか減点方式に変ってしまう。恐ろしいことだ。
 そんな思いを抱きながら感じる平原のかなたの大きな木、そこにゆとりを持ちたいと感じる気持ちが現れている。それがあればきっと素敵な女性が現れることだろう。
 小心者であっても、決断力に欠けていても、必ずどこかにターニングポイントがある。それを探すことが、夢を見ることであるのだろう。
作品名:短編集82(過去作品) 作家名:森本晃次