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短編集82(過去作品)

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 すべてにおいて何か理屈をつけていないと行動できない性格だと感じたのは、その時だったように思う。今まで人からは、
「お前は決断力が鈍いからな。考えすぎるんじゃないか?」
 と言われてきたが、当たらずとも遠からじである。今までその言葉の意味を薄っすらとは理解できても、本当の意味が分かっていなかった。それを一人の女の出現によって理解できたのである。女というものが男に及ぼす力は、存在感だけでもかなりの影響力があることに初めて気付いたのだ。
 女が男を求めるから、男も女に魅力を感じる。女も男が求める時に男性としての魅力を感じてくれていると思うのは男性のエゴであろうか? いや、母性本能というものが存在する女性の方が強いように思うのは無理のないことだろう。
 暗い密室に入るとそこは二人だけの世界。今までに想像はしていたが、まるで夢のような世界が目の前に広がっているはずだ。照明をつけると中は明るい。壁の白さがさらに明るさを演出しているようで、思わず枕元にある明るさを調整できる枕元のライトに切り替える利美だった。
 その仕草は慣れているようにも見えるが、慌てているところをみると、本当は初めてではないかとも感じられた。額田にしてもそうなのだが、夢のような光景を見ていると、まるで他人事のように思えてくるから不思議だった。
 湿気を帯びた部屋は秋も深まっているにも関わらず蒸し暑かった。少しクーラーを入れないときついかと思ったが、すかさず荷物を置いた利美は、すぐにシャワールームへ行くと、
「私、先にシャワー浴びるわね」
 と言って、シャワールームへと消えていった。
「じゃあ、俺も一緒に」
 恥ずかしくもあったが、なぜか、ずっと一緒にいたかった。本当は最初から一緒にシャワーを浴びることはいけないのかも知れないが、その時の額田にはじっと待っているなどできなかったのだ。
 少し困惑したような表情を見せた利美だったが、恥じらいのあるその顔には今まで見たことのない魅力を感じた。その日の利美は最初から魅力一杯だったが、それはすべてが新鮮に感じられる。
 シャワーを使いながらおどけて見せる様子からは、寂しさのかけらも感じられない。しかしどこか感じるぎこちなさは、やはり寂しさを押し隠そうとする本能によるものにも思える。自分も同じような行動を取っていて、相手にも悟られているのかも知れない。
 シャワーの熱さが感じられるようになると、少し気分的に落ち着いてきた。状況にやっと馴染んできたのかも知れない。想像していた部屋と感覚が一致したのだろう。先にベッドに入って待っている時、薄暗い明かりに照らされた天井の模様を見ていたが、微妙な距離感と模様の繊細さが睡魔を誘う。遠近感が取れない距離というのだろうか。眠ってしまってはいけないと感じれば感じるほど視線を逸らすことができなくなり、人差し指を翳して、何とか距離を測ろうとしていた。
 遊び心なのか、それともまだ緊張感がかなり残っているのか、なかなかシャワーから出てこようとしない利美に苛立ちを覚えながら、天井を見つめている状況に、時間の感覚が麻痺してしまっているかのようだった。
――このまま眠ってしまってもいいかな?
 そう感じるともうだめだった。気がついたら寝ていたのだろう。身体の左半分に温かさを感じてきたかと思うと、それが次第に熱さに変っていく。やわらかい肌が空気の入る隙間もないほどに密着しているのだ。
 重さもずっしりと感じた。体重ごと身体を任せているようだ。
――彼女も眠っているのかも知れない――
 と感じたのは首筋に暖かい吐息が定期的に当たっているからだ。
 軽い寝息も聞こえてくる。ゆっくり見下ろすと、そこにはかわいい寝顔があった。このまま寝かせておいてあげたいという気持ちが一番強く、
――ずっと眠っていたのだろうか?
 時計を見れば、入った時間から十五分しか経っていなかった。深い眠りに就いていたとは到底思えない。
 その後はまさしく夢のごとくであった。しかし、逆に想像力が豊かなのか、終わってみれば、
――何だ、こんなものだったのか――
 とも思えた。今まで感じたこともない虚脱感が襲ってきて、思考能力を鈍らせる。
 虚脱感が襲ってくることは話を聞いて知っていた。一気に気持ちが萎えてしまうことも分かっていたが、これほど思考能力を鈍らせるものだとは思わなかった。
「すべてが終わった後はそれまでの性欲が一気に萎えてしまって、すぐに服を着替えようとするやつもいるらしい」
「それって女性に対して失礼ですよね」
「ああ、そうだ。だが、その時になってみなければ誰にも分からないんじゃないかな?」
 と言っていた言葉を思い出した。言われてみれば身体全体が敏感になっているせいもあってか、シーツのカサカサがとても鬱陶しく、身体にへばりついた汗も気持ち悪い。早く着替えたくなる気持ちも分からなくはない。
 だが、それ以上に身体を起こすのが億劫だ。このまま眠ってしまえばそれでいいように思う。気がつけば隣で幸せそうな寝息を立てている利美のこんな顔は初めて見たような気がする。もう少し見ていたい気がした。
 身体に残った虚脱感は実に中途半端なものだ。少し利美の横顔を見ているだけで襲ってきた眠気だったが、どうにもそのまま眠れそうな感じがしないのだ。なぜだか分からないが、襲ってきた睡魔をそのまま受け入れる雰囲気がその時の身体にはない。
――眠いけど眠れない――
 こんな感覚は以前にあった。
 あれはいつのことだっただろう。何か気になることがあれば目が冴えて眠れないことがある。特に額田の場合はすぐにいろいろ気になってしまう方なので、気になって考え込んでしまうと頭の中に袋小路を作ってしまうことで、考えていることから抜けることができないでいる。何とか抜けて気がつけば眠っているのだが、きっとどこかで開き直ることでできた安心感から一気に眠ってしまうのだろう。その証拠に眠りに就いたのがまったく記憶にないのだ。
――ひょっとして悩んでいたこと自体、夢だったのではないだろうか?
 と思えるくらい、どこからが夢なのか分からない。眠っている時に見た夢の記憶はないが、起きてから何となく夢を見ていたように思う。それだけにすべてが夢だったように思うのだ。
 利美が寂しさを見せたのは、その日が最初で最後だった。それからも身体を重ねることはあったが、それは寂しさからではない。お互いにインスピレーションが高まってきて、必然的に見詰め合った目で訴えているのだ。すべてが合意の上、だが、寂しい時の利美の身体ほど敏感ではない。まるで最初の夜が今考えると夢だったように思えるくらいだ。
 すべてにおいて利美がリードしている。どうしても最終決定権を委ねてしまう。その方が気が楽ではあったが、時々男としての権威に疑問を持ってしまう。そんな時もベッドの中では従順な利美を抱くことで、自分に納得させているが、本当の満足感が得られるわけではない。どこかで妥協をしているのだ。
作品名:短編集82(過去作品) 作家名:森本晃次