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短編集82(過去作品)

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 咲子と似た女性を探していたような気がする。会社の同僚の女の子が気になり始めた。会社では物静かで、実際に休憩時間など女性の輪の中にはいるが、見ていてただその中にいるというだけで存在感などない。むしろ意識して気配を消しているのではないかと思えるほど静かである。きっと皆からは、
――石ころのような存在――
 くらいにしか思われていないはずだ。
 そんな彼女の存在は、気にならなければ石ころのような存在で終わっていたに違いない。しかし、一旦気になってしまうと、ずっと気になってしまう。これは額田の性格によるものなのかも知れない。他の人がどう思っているかなど聞けるはずもなく、ただ見つめているだけだった。
 名前を大前利美といい、
「額田さんは、大前さんが好きなんでしょう?」
 と、パートのおばさんから指摘されて、何も言い返せなかった。
――どうして分かったんだろう?
 顔を真っ赤にして下を向いていると、
「分かるわよ、歳を取ってもずっと女をやってきているんだからね。額田さんの視線は結構露骨よ」
「え? そうなんですか?」
 さすがに口を開かずにはいられなかった。
「そんなに驚かなくたっていいんだけど、あなたは根が正直なのね。何となく応援したくなっちゃうわ」
 そういって笑っている。
――根が正直――
 この言葉はこの時ほど長所だと強く思ったことはない。いいことなのだと思ってもいいと初めて感じた時かも知れない。だが、それが本当にいいことかどうか、まだ心の底で気持ちが燻っていた。
 そこで本心からいいことだと思っていれば何の問題もなかったのだろうが、中途半端にいいことだと思ったことから、その後の自分がすべての面で中途半端になってしまい、完全に自信を持つことがなくなってしまったように思えてならない。
 利美と付き合うようになったきっかけは何だったんだろう?
 今からでは思い出せないのだが、時々夢の中に出てくる利美はいつもニコニコしている知り合った頃の利美だった。付き合い始めてからの利美はいつも額田の前にいた。何をするにも決定権は利美にあり、また利美は決断力には長けていた。
 いつも女性の前では控えめである。自分から意見をいうこともあるが、最終的には相手が決めていた。その方が女性との付き合いはシックリくると考えていたからで、実際にそうであった。
「あなたって優しいのね」
 この一言が一番嬉しかった。相手を尊重することがうまく付き合う秘訣、そのためには最初に自分の考えを話しておいて、最後に相手に決定させることが一番効果的だと考えている。
 優しさが強さに繋がってくれるのが一番うれしいが、なかなかそうもいかない。優しさを前面に押し出したいのは、そのためでもある。
 利美にはそのあたりの気持ちが分かっていたようだ。
「あなたの気持ちはよく分かるわ。でもしっかりしたところも持っていてほしいの」
 と、一度だけ言われたことがある。それは初めて利美が見せた弱さを感じた時だった。
 利美にそれまで弱さなど感じたことがなかった。いつも強さだけを表に出していただけに、却って魅力を見つけたような気がした。
――抱きしめてあげたい――
 初めて愛し合ったのも、その時だった。
 その日、待ち合わせ場所に現れた利美は、フラフラしていた。いつもはそんなことなどなく、仕事で疲れていても額田の前に出れば元気になったものだ。
「私、今日は仕事で疲れているの」
 と言葉では言っていても、表情には感じない。それだけ芯の強い女性だということだ。だがその日は何も言わない。いつもは正面から目を見て話す利美の視線は下がり気味で、何かを話していても決して目を見ようとはしなかった。
 普通であれば、それが何を意味するか分かるのだろうが、その時の額田には自分がしっかりしなければいけないと思う気持ちが先に立って、それだけが頭の中にあった。
 しな垂れる利美の肩を抱きしめていた。がっしりしているように見えたのに、実際に抱いてみると思ったより華奢だった。いつもの雰囲気ががっしりした体格に見せたのかも知れない。
 抱き寄せると、肩にずっしりと重たく感じる利美の頭が乗っかってきた。完全に首の力を抜いているように思える。気持ちが入っている重たさはちょうど心地よい重たさに変るまで、それほど時間が掛からないものだ。自分の胸が早鐘を立てて鳴っている。気持ちの高ぶりを感じ、頭の乗っている肩も脈を打っているかのようだ。次第に肩に熱みを感じ、感覚が麻痺してくる。恐る恐る肩に掛かっていた手を下にずらすと、今度は腰を抱いた。
 ビクッと反応したかと思うと、一瞬腰が硬くなったが、すぐに緊張がほぐれたようだ。触り心地のよい腰を揉むようにすると、利美の呼吸が心なしか荒れてくるのを感じた。
――感じているのかな?
 それまでに女性を抱いたことはあったが、最後まで行ったことはなかった。どうしてなのか最後まで相手が許さなかったようにも思えるし、そうでもないようにも思う。要するに覚えていないのだ。
「初体験の時のことなんて、意外と覚えているようで覚えていないものさ」
 と高校の時の先輩が言っていた。高校生なのだから童貞でも恥ずかしくなどないと言われていたが、それでも学校で友達同士が集まってする話題には欠かせないものだった。
 肩身の狭い思いをしていて、早く済ませたい気持ちもあったが、普段は冷静に受け止めていた。だが、無性に寂しくなることもあり、そんな時は輪に加わることすら嫌だった。
 自分が欝状態に陥ることがあることに気付いたのは、そんな時だった。無性に寂しさを誘う時はいつも秋だったのだが、秋という季節、寂しさはあっても、それをすぐに忘れられる季節でもある。まわりが見えなかった時でも、ふと我に返って見上げた空にあるのは真っ赤な夕焼けに、立体感を感じるいわし雲である。空の色を赤く感じる時は身体に気だるさを感じるが、それは心地よい気だるさでもあるのだ。
 夕焼けを見つめていると空腹感を催してくる。空腹感がいささか大袈裟ではあるが、
――生きているんだ――
 ろいうことを感じさせる一番の欲望かも知れない。しかもまだ童貞だった頃のことなので、性欲の何たるかも知らなかった。だが、知らないだけに余計に思いは強く、寂しさを感じて立ち直るまでに時間が掛かるのもいたし方ないと思っていた。
 だが、それは間違いだった。躁鬱症だと感じてから、欝状態と躁状態が交互にやってくる定期的なものだということを初めて知って感じたことだ。
 その日の利美が無性に寂しさを感じる時の自分に似ているような気がした。
――寂しさから男を求める――
 女とはそういうものなのかも知れない。
 だからといって簡単に抱いてしまっていいものだろうかと考えたが、男である以上、女性が求めてきて断るにはそれなりの理由が要りそうな気がする。少なくともその時の額田に理由など思い浮かばなかった。
 考えてみればこれも男の自分勝手な理屈である。女を抱くのに理由など要らない。しかし何か理由付けをして自分を正当化しておかないと女を抱くこともできない自分を苛立たしいと感じた。すべてが終わって訪れるであろう気持ちを整理できるか自信がないからなのだ。
作品名:短編集82(過去作品) 作家名:森本晃次