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短編集82(過去作品)

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平原のかなたの大きな木



                平原のかなたの大きな木



 相手を本当に好きになるのが恐いと思っている男が一人、いつものように悩んでいた。
 名前を額田信二といい、年齢はそろそろ二十代後半に差し掛かろうとしていた。
 人を好きになることを恐くなったのは最近になってからだが、それまでにも兆候のようなものはあったが、とにかく思い込みが激しい方で、こうと思えばまわりが見えなくなるほどである。
 一つのことに集中すれば他のことが見えなくなるのは子供の頃からで、よく母親や先生から、
「もっと落ち着け」
 と言われていた。一つをこなして次にと考えるあまりのことである。
 母親が心配するのも無理はなかった。父親がどちらかというと、似た性格で、いつも要領が悪く損をしているのを目の当たりにしている母であった。父親よりも母親に主導権があり、完全に母親の方が立場は強かった。
「男はいつまでもロマンチストでありたいよな」
 そう言っていた友達がいるが、その気持ち分からなくもない。どちらかというと、ロマンチストな人間ばかりまわりに集まってくるように思うので、
「類は友を呼ぶって言うじゃないか」
 と皆と話したが、誰もそれに違和感を唱えるものはいなかった。むしろ同じような考え方の人が集まることを歓迎しているのだ。
 額田にしてもそうだった。奈良県で生まれた額田は、「額田王」に名前が由来しているということで、歴史に興味を持っていた。歴史とは勉強すればするほど、自分をロマンチックな考え方にしてくれるようなそんな魔力を感じるのだった。
 学生時代よりも卒業してからの方が、より歴史に興味を持った。どうしても暗記物であるために、詰め込みになってしまっていることに抵抗があったのだ。卒業して自由な勉強ができると思うと、歴史に関する本を結構読み漁ったりしたものだ。
 時代はバラバラで、その時に興味を持ったものを読んでいた。歴史作家で気に入った人がいれば、その人の作品を読み漁ったりしたが、幕末から明治にかけてなど、かなりの本を読んだものだった。
 本を読んでいると、どうしても自分が主人公にのめりこんでいくようだ。集中して読んでいる時の額田は、誰にも声を掛けることができないほどの雰囲気を持っている。
「あまりにも真剣そうだったんで、声を掛けそびれちゃった」
 と言われることもしばしば、そんな時は、
「ああ、すまない。真剣になるとまわりが見えなくなるみたいなんだ」
 と正直に答えるようにしている。相手も分かっているのか、それ以上その話をすることもなく流してくれる。
 実は、本を読んでいると真剣になる理由がもう一つあった。これは額田に限ったことではなく、誰もが感じていることだろう。
「本を読んでいる時のあなたは、恐い時があるの」
 と付き合っていた女性から言われたことがある。
「本を読んでいると睡魔が襲ってきて、ついつい目を凝らしてしまうんだよ。だから少し恐い表情になっているだろう?」
「それは私もあるわ。私もあなたのように恐い顔をしているのかしら?」
 ニコニコと笑っているのは、自分がそれほど恐い表情になっていないと自覚している証拠だろう。少なくとも、額田ほど恐い顔になっていないと思っているに違いない。
 彼女は名前を咲子といい、大学時代に付き合った女性だ。一番好きだった女性だったかも知れない。ハッキリと一番だと言えないのは、自分があまりにも惚れっぽい性格だからだ。
 いつも真剣なくせにすぐ他の女性を好きになる。知らない人が見れば、いつも額田のそばには女性がいるように見えることだろう。しかし、その中で本気で愛し合った人は何人だっただろうか。一人もいないかも知れない。真剣にはなるが、最後まで気持ちを貫けないのは、額田の気持ちを恐いと感じ、相手が避け始めるせいだろうか。それとも、額田自身が自分に恐くなるからだろうか。どちらにしても、最終的な問題があるのは額田の方らしい。
 咲子はその中でも付き合った長さ的にも親密だった相手である。結婚を意識したことだってあっただろう。相手にもあったように思う。しかし、所詮は学生時代、卒業とともに別れてしまったので、本当の気持ちは分からない。
 社会人になってゴロッと変ってしまった生活に、心境の変化がついていけたかどうかが問題である。咲子にしても同様で、卒業してから会っていないが、今会えばどんな気持ちになるか、非常に興味がある。会ってみたいとも思うが、少し恐くもある。複雑な心境なのだ。
 咲子のことは卒業してからいろいろな噂を聞いた。
 金持ちの男と付き合っているだの、芸術家と恋に落ちただのという根も葉もなさそうな話だが、なぜか額田にはまんざら嘘でもないように思えてならない。それだけ彼女には品行方正さがあった。
「君は皆から好かれているから羨ましいよ」
「そんなことないわ。きっとそう見えるだけよ。私だって好きな人もいれば、まったく性に合わない人だっているのよ。他の人よりも激しいかも知れないわね」
 確かに気性は激しい方だ。それだけに竹を割ったような潔さがあり、男にはモテるタイプともいえるだろう。
 気性の激しさは女性特有のものだろう。物事を真剣に考えるあまり、どうしても妥協を許さない。自分に対してもそうだし、他人に対しても厳しい。だから彼女の潔さを好きになる人もいれば、どうしても性格的に合わない人もいる。むしろ性格的に合わない人は女性の方に多いように思う。
 男性っぽい性格に思われがちだが、実際は尽くすタイプである。女性から見ればわざとらしさが目に付いて疎ましく思われるかも知れないが、男性にとっては、
――痒いところに手が届く――
 そんなタイプの女性である。
「でも私、男運はない方かも知れないわね。長く付き合っていると、相手が凶暴化してくることがあるの」
 額田と付き合いはじめる前、咲子がそれまで数人と付き合ったことがあるのは聞いたことがあった。なるべく触れてはいけない話題だと思って喋らなかったが、咲子の方から話をしてくれたことがあった。
「凶暴化? 君が何か相手の気に触るようなことを言ったりしたの?」
「そんなことはないと思うんだけど、どうしてなのかしらね」
 考えてみればこの質問は愚問だった。分かっていれば凶暴化などするはずはない。だが果たして分かっていないのだろうか? 中には分かってはいるがどうしようもないと言う人だったいるかも知れない。
 パッと見ただけでは男と女の関係なんて分からない。人によってはいとおしくてたまらないと思っていても、実際に付き合ってみれば、
――こんなはずではなかった――
 と思う人もいるだろう。特に夫婦になってしまってから感じる人も多く、それが悲劇に繋がるのを最初から予期している者など誰もいない。
 当事者が分からなければ防ぎようがない。それはいくら親といえども好きな感情を抑えることはできないからだ。
作品名:短編集82(過去作品) 作家名:森本晃次