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潜在するもの

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 という言葉を発したかと思うと、挙動不審のまま顔を下げたままのその男のそばに近寄って、サングラスを外した。
「緒方じゃないか? 緒方勝だよね?」
 この男の持っていたキャンバスを入れていたバックの端に、走り書きで誰にも読めないようなサインがしてあった。
 そのサインに見覚えがあったのだ。
 彼とは大学時代に一緒に夢の話やドッペルゲンガーの話をしたあの友達であった。彼とは大学卒業とともに縁もキレた。実際には遠藤が新人賞を取ってから、次第に縁遠くなってしまったというのが実情だった。新人賞を取ってしまったばっかりに、忙しくなってしまった遠藤は、自分のスケジュールを自分でコントロールすることもできなくなってしまった。目の前にいるのは変わり果ててしまったかつての親友だったが、そうであればさっき一瞬でも感じたあの思いは本当のことだったのだと証明されたのだ。
「ひょっとして遠藤君?」
 と緒方はやっと遠藤に気付いたようだ。
「ああ、そうだよ。僕は昔と全然変わっていないのに、すぐに気付いてくれると思ったんだけどな」
 というと、
「気付かなかったのには二つ理由があるような気がするな。一つは、まさか僕の知り合いがこんなところにいるわけはないという一種の思い込みだね。そしてもう一つは、自分が変わってしまったので、却って全然変わっていない人が逆に変わってしまったように感じるという心理的な錯覚なんじゃないかって思うんだ」
 と相変わらず彼の論理は理路整然としているように思えた。
 大学時代であれば、真剣に聞いた話なのかも知れないが、今聞くと、どこかわざとらしさも感じられ、鼻につく気もした。
 しかし、懐かしい人に出会ったという喜びは新鮮な気もしてきて、しかも、新たに知り合った教授と彼がどういう関係なのか、興味もあったのだ。
「君は、教授と懇意なのかい?」
 と聞くと、
「ああ、教授とは釣り仲間として知り合ったんだよ。僕は大学を卒業して趣味の絵を描きながらできる他の趣味を模索していた時、よく海の絵を描いていることで、釣りに興味を持ったんだ。ある日、岩場が微妙なモニュメントを描いている場所があると聞いて赴いたのだが、その近くに穴場と言える釣りのスポットがあって、ちょうど来ていたのが教授だったんだよ」
 と話すと横から教授が話に付け加えた。
「緒方君は、自分の趣味に対して結構貪欲な人でね、一つのことに興味を示して没頭していると、普通なら他の趣味にはあまり目を向けないものんだけど、趣味の範囲を広げようとする。広げた趣味に対しても真摯に向き合っているところが私には興味があってね。普通セカンドの趣味というと、それほど探求心などなく、楽しむためだけにするんだけど、彼の場合は少しでも深めようとするんだよ。それを見ていると、僕も緒方君という人間に興味を持ってね。親交も深まったというわけなんだ」
 というと、教授は運ばれてきたお冷に口をつけた。
「そういうことなんだ。教授と話をしていると、結構話が合うじゃないか。聞いてみると心理学の先生だという。そりゃあ、僕とすれば願ってもない知り合いができたって気持ちだったね。その日僕は別の宿を予約していたんだけど、さっそく教授の泊まっている宿に鞍替えさ、二、三日は滞在するつもりだったので、結構親交を深めることができたんだ。結構先生の話は面白くてね」
 と言って笑ったが、そんな緒方を見ながら大学時代に話したいろいろな話を思い出していた。
「僕も心理学には興味があってね。最近は教授と懇意にさせてもらっているんだ」
 と遠藤は言った。
「そうなんだね。僕はこのお店に初めて連れてきてもらったんだけど、教授がこの店に僕を連れてきたいと思った理由の一つには。遠藤君と会わせたいという思いがあったのかも知れないね」
 と緒方は言ったが、その言葉を聞いて教授の方を振り返ったが、教授は遠藤の方も緒方の方も見ていない。
 緒方の言っていることが本当なのかどうなのか、この場の雰囲気だけでしか判断することができず、何とも言えない気持ちになっていた。しかし、結果的に彼の言うとおりになったのだから、それが真実なのだろう。そう思うと遠藤は、教授から見ても、自分と緒方の話は合うと思ったのではないだろうか。
「教授、遠藤君とは大学の頃の知り合いなんですよ。彼が小説を書いていて、僕が絵を描いている。そんな芸術的なものに造詣が深いもの同士、いろいろな話をしましたが、僕の性格からなんでしょうかね、深層心理のような話だったり、超常現象の話だったりをよくしていたような気がします」
 これを聞いた教授は、
「遠藤さんが小説を書いているのは聞いたことがあったけど、心理学に興味を持っているというのは僕にも興味深いことだね。僕は小説を書いている人に知り合いはいなかったんだが、芸術に造詣が深い人と知り合いたいと常々思っていたんだ。そして最近、緒方君と知り合った。それまでなかなか芸術に関わっている人と知り合うことができなかっただけに、緒方君と知り合ったことで、これから他の芸術に関わっている人とも知り合えるような気がしていたんです。いや、他の芸術だけではなく、緒方君を通して、絵にかかわりのある人と知り合えるかも知れないとも思っていました」
 と教授がいうと、
「いえいえ、僕には絵画に関わっている人と知り合いなんかいないんですよ。一匹オオカミと言えば聞こえはいいですが、あまり同じ趣味の人と一緒にいても、何かを得られるような気がしなかったからですね」
 と緒方はいう。
 その気持ちは遠藤にもよく分かった。
「僕もそうなんだよ。小説を書いていて、他に小説を書いている知り合いがいるかっておいいうとそんなことはない。知り合った人のほとんどは、『小説を書いている人なんて、今まで知り合ったことがなかった』という人がほとんどなんですが、中には『小説を書いている人って意外と多いカモ知れないですよ。私の知り合いにもいますからね』という人もいて、そのうちに知り合うことができるかも知れないと思いながら、結局誰とも知り合うことなくここまで来たというわけです」
 という遠藤に対して、
「俺も同じことが言えるんだ。口では『他の絵を描いている人と知り合ってみないな』なんて言っているけど、実際には他の絵描きと知り合いたくないという気持ちも中にはあって、もし知り合ったとしても、きっと何をどう話していいのか分からず、ずっと会話のないままその場が終わってしまうような気がしています」
 と緒方は言った。
 それを聞いていた教授が、
「学者というのは、そういうわけにも行かず、人と会わないというわけには行かない。同じ学者しかり、マスコミの人しかりでね。学会というものもあって、そこに参加するのは、大学教授として研究を続けるための、一種の免罪符のようなものかな?」
 と苦笑いをしていた。
 教授の言葉が全面的に信用できるものだとは思わなかった。ひょっとすると、二人に分かりやすいように言葉を選んでくれたのではないかとも思えたからだ。
作品名:潜在するもの 作家名:森本晃次