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潜在するもの

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 その頃にはすでに遠藤に近づいてくる人はおろか、今までそばにいてくれたと思っている人は気が付けば誰もいなくなっていた。不安が自分に襲い掛かる。そして、
――どうしてこんな思いをしなければいけないんだ?
 と思う。
 仮にも新人賞を取った自分が、たった数年で、まわりに人がいなくなり不安で仕方のない状況に陥るなんて、新人賞を受賞した人の中でこんなどん底にいるのは、自分だけなんだと思うようになっていた。
 被害妄想もあったことだろう。人がそばにいないことが不安なくせに、人がそばを通るだけで、思わず避けてしまう。
――小学生の頃のようだ――
 苛めを受けていた時代、ずっと忘れていたその感覚を思い出した。
 しかも、まるで昨日のことのように感じられるのだった。時系列が頭の中で混乱していたからだろう。
 そんな小学生の頃を思い出したことで、あの時に何を考えていたのか思い出そうとしたのだが、思い出すことはできなかった。
――他の精神状態の時だったら、思い出したくないと思っても、思い出せるんだろうな――
 と感じたが。これも一種の被害妄想の類に違いない。
 だが、今あの頃のことを思い出すと、
――嫌なことばかりではなかったように思う――
と感じた。
 これは今までに感じたことのないもので、今までであれば、
――あの頃のことは思い出したくない僕にとっての黒歴史でしかない――
 と思っていた。
 それなのに、今では、
――他の人と関わることがなくて、苛めには逢っていたけど、気は楽だったような気がする――
 という思いがあった。
 そんな遠藤だったが、惰性で小説を書くようになると、執筆場所を馴染みの喫茶店に変えた。今まで敢えてしなかった場所を自分にとっての、
「安住の地」
 にしようと思ったのだ。
 お店は昭和のイメージの残る店で、前述のように、常連客でもっているようなお店だったが、そのほとんどは、隣接している商店街の店長さん連中が多かった。
 変わり種で、大学の教授という人もいたが、心理学の先生だという。
 店を切り盛りしているのは、奥さんで、年齢としては、還暦前後だという。旦那さんが定年退職後に喫茶店をするのが夢だったということで、その夢が叶った形である。
 アルバイトの女の子が二人ほど、曜日単位で入っているようで、一人は大学生、一人は主婦と、同じようなタイプでないことも、遠藤には新鮮に感じられた。
 アルバイトで定職がないということはママも知っていたので、時々、ランチタイムなどはおかずを一品追加してくれるなどの些細なサービスをしてくれたのだが、それが嬉しかった。
 旦那さんも、時々カウンターに入り、コーヒーを淹れてくれるが、それがなかなか慣れた手つきで、話を聞くと、
「定年後に、こういう講習があって、受けたんだよ」
 と言っていたが、やはり夢だったというだけに、エプロン姿もなかなか似合っているように思えたのは、贔屓目からだったのだろうか。
「喫茶店というのも、やってみると結構楽しい」
 というのはマスターの言葉で、昼の時間帯のライチタイムでは、席はほぼ満席になり、盛況ぶりを伺わせた。
 しかし、それ以外の時間は、ほとんど客はおらず、時間があれば、この店で執筆に通うようになった遠藤は、ここでの時間が今までにはない至福の時間に感じられるようになった。
 常連さんとも結構仲良くなり、執筆の合間によく会話をするようになった。小説がただの趣味だと皆が思ってくれているので気は楽になり、執筆よりも、常連さんとの会話の方が楽しくなった。
 それでも毎日の日課は欠かすことはない。そのためには他の人との会話は執筆が終わってからにするようになり、まわりの人も皆そんな遠藤の行動パターンを分かってくれているからなのか、遠藤が気を遣うことはなくなっていた。
――ここは気を遣わなくていいからいいな――
 下手に気を遣うと、却ってぎこちない気がして、敢えて気を遣わないようにしている。
 一種の、
「甘え」
 と言えるのだろうが、アルバイトの主婦の人がそんな遠藤のことを気に入ったようで、
「おにいちゃん」
 という呼び方をしてくれるようになり、そのうちに皆も同じように呼んでくれるので、いつの間にか、
「おにいちゃん」
 という愛称が定着していた。
 いまさらではあるが、この店の常連さん、店のスタッフの誰も、遠藤が小説新人賞を取ったことがある作家だということを知る人はいない。もっとも作家と言っても、今は出版社から原稿依頼などまったくない、
「開店休業中」
 のアマチュアと言ってもいいくらいにまで落ちてしまったのだから、人に知られたくないというのも無理もないことだった。
 遠藤が小説を書いているのをずっと見ているスタッフは、
「なかなか高尚なご趣味をお持ちで」
 と言ってくれるが、今の遠藤は、
――この人たちであれば、照れ臭さだけがあるだけだ――
 と思うようになった。
 小説を書いていることで、他の人とどこかが違うと思ってくれているように思うと、今まで忘れていた何かの感覚が戻ってくる気がした。そのためには、自分が新人賞を取ったことがある作家だということを決して知られてはいけないと思うようになったのだ。
 この喫茶店に来るようになってから、約五年くらいになるだろうか。常連と呼ばれるようになるまでに数か月、実際にここで小説を書くようになったのは、この店に初めて来てから一年が経っていたかも知れない。
 ここで小説を書くようになってから、しばらくして惰性を感じるようになった。この惰性というのもここで書くようになったことで感じるようになったのだから、自分としては悪いことだとは思っていない。むしろ、自由に書けるだけ、それまでの不安がどこへやら、一気に気が楽になっていった。
 アルバイトの主婦の人が、遠藤の小説を読んで、
「何かすごい。結構エグいのを書いているのね」
 と言ってくれた。
 本人がどういうつもりで言ったのか分からないが、遠藤は嫌ではなかった。特に、
「エグい」
 と言われることに違和感はなく、却って他の作家にはない何かを見つけてくれたような気がして嬉しくなったくらいだった。
「エグい」
 という表現は、奇妙な話を書く人間には、褒め言葉のようにも聞こえた。
 彼女がそのつもりで言ってくれたのだと思うと、失った自信を取り戻すことよりも、素直に安心できることの方が今は嬉しいと思えたのだった。
 ある日、小説を書いていると、心理学の先生が話しかけてきた。
「亜紀ちゃんが言っていたけど、遠藤君は結構面白い小説を書くんだって?」
 亜紀ちゃんというのは、ここのアルバイトの主婦のことだった。
「面白いかどうかは、自信はないですが、そう言ってくださる人がいてくれて、嬉しいです」
 と遠藤は答えた。
「僕も結構ホラーとか読んだりするんだけど、どうしても心理学を専攻していると、人間の心理を抉るような作品に出会いたいと思うからなのか、心理学の観点から小説を読むようになるんだ。そういう意味では一番興味をそそられるのがホラーとなるわけなんだけど、僕も一読してみたいものですね」
 と言ってくれた。
「どうぞ、一度読んでみてください」
 と言うと、
作品名:潜在するもの 作家名:森本晃次