潜在するもの
話を変えようとする意志が分からないので、遠藤はまた話を戻した。
「もう一人の自分っていうのが、どうも引っかかるな」
「というと?」
「俺ももう一人の自分が出てくる夢を見たことがあるんだけど、同じようにリアルに近い恐怖を感じて、その時は一瞬にして目が覚めた気がしたんだ。さっき君が言ったように、夢が目の覚める一瞬で見るという発想は、この時に信憑性のある発想だって感じたんじゃなかったかな?」
要するに遠藤も、もう一人の自分を見るというのが一番怖い夢だったと思っている証拠だろう。
「ところで、もう一人の自分というのを何ていうか知ってるか?」
と聞かれて、最初は彼が何を言いたいのか分からなかった。
「どういう意味だい?」
というと、
「ドッペルゲンガーという言葉を聞いたことがあるかい?」
と言われて、確かに聞いたことがあったのを思い出した。
「それって、もう一人の自分を見てしまうというような話だよね?」
「ああ、そうだ。そしてドッペルゲンガーを見ると、近い将来に死ぬと言われてもいるんだ」
という彼の話を聞いて、うんうんと頷きながら聞いていた。
この話は、都市伝説の一種として聞いたことがあった。いずれは自分の小説にも題材として使ってみたいと思っていたことだったので、ネタ帳のどこかに書いていたような気がした。
「でも、それって迷信なんじゃないのかな?」
「確かに迷信と言ってしまえばそうなんだけど、ドッペルゲンガーを研究している人たちの意見を無視できないとも思うんだ」
「それは理論的だということ・」
「ああ、それに実際にドッペルゲンガーを目撃したという轢死上の人物がたくさんいることも事実で、実際にその人たちは皆若くして死んでいるんだ。自殺だったり、暗殺されたりだけどな」
「後から作った話なんじゃないか?」
本当はそうは思ってもいないくせに、認めることが怖いと感じた遠藤は、わざと否定的な意見を口にした。
「そうでもないんだ。結構信憑性もあるし、実際の理論を当て嵌めて考えると理解できない話でもない」
「そうなのかな?」
まだ不思議に思っていた遠藤に対し、
「お前も俺も、さっき夢の中で一番怖いのは、もう一人の自分を見た時だって話しだっただろう? つまりは無意識のうちにドッペルゲンガーというものが恐怖を凝縮しているように思っていると感じているからではないかな? だからこそ、目が覚めても覚えている夢がもう一人の自分を見たという夢であり、それが一番恐ろしいというのを無意識にかも知れないが感じているんじゃないだろうか?」
彼の話に次第に引き込まれていった遠藤は、その話を無視することはできなくなってしまった。
「逆に、もう一人の自分を夢に見た人が、一番怖いと思ったことで、ドッペルゲンガーという存在を作り上げたんじゃないかとも考えられるのでは?」
「それはあるかも知れないな。夢の中で一番怖いというのは、誰もがもしもう一人の自分を夢に見れば感じることなんじゃないかって思えるので、その発想は成り立つかも知れない」
「そうだね。ひょっとすると心理学的な現象や、都市伝説のようなことは、夢に見たことから来ているのかも知れないとも考えられるのではないだろうか?」
「そう考えると、夢と心理学というのは、切っても切り離せないような気がしてくるものだよね」
二人はまた少し考えていた。
彼は小説を書く人ではなかった。絵を描くことに造詣が深く、いつも不思議な世界観で絵を描いていた。
この話をする少し前に描いた絵を見て、
「これは何の絵だい?」
と聞くと、
「地獄絵図だよ」
と答えた。
確かに気持ち悪い絵ではあったが、自分が知っているようなオニが出てきたり、針の山や血の池のようなものは描かれておらず、ただ一人の男が沼のようなところに沈んでいく姿を、まわりに誰かがいるようだが、それもハッキリと分かる感じではなく、何となく視線だけを感じるような絵に仕上がっていた。
「説明されないと、よく分からない気がするんだけど」
というと、
「それでいいのさ。俺の絵は、相手に考えさせることで、俺の描いた世界に引き込む力を持っていると自分では思っているので、お前が今言ったようなことを言われると、描いた方は、作画冥利に尽きるというものだ」
と言っていた。
「俺は、小説を書いているので、絵のように見た目というものではない。いかに文章で相手の想像力を引き出すかというのが勝負だと思っているので、絵画とは違う感性ではないかと思うんだ」
というと、
「そんなことはないさ。俺も今お前が言ったようなイメージを持っている。だから一見して分かるような絵ではダメなんだとまで思っているんだ。相手に考えさせて、そこから感性を引き出せるようなそんな作品を描きたいと思っている」
「それって、ピカソやダリのような、抽象的な絵ということなのかな?」
「想像を掻き立てることが芸術なんだって俺は思っている。それは文芸にしても絵画にしても、音楽にしても同じなんじゃないかな?」
それまでなかなか芸術談議に話を咲かせることのできる相手がいなかったので、遠藤はその日は、
「この時とばかり」
に持論を隠すことなく表に出し、相手もそんな遠藤に対して盛らない話をけれんみなくしてくれたことで、お互いの気持ちが飛び交っていた。
「ところで君はどんなジャンルを書いているんだい?」
と言われて、
「さっきの持論にも関係あるかも知れないんだけど、奇妙な話を書いているんだ。最後の数行で相手に想像もしていなかったと思わせることができればいいなっていう思いからだね」
「僕も以前にそんな小説を読んだことがあった。テレビドラマで、今から数十年くらい前に流行った奇妙な話をテーマにしたショートドラマがあったんだけど、この間DVDを借りてきてちょうど見たところだったんだよ」
「そうなんですね」
「原作本はなかなか普通の本屋には置いていないので、古本屋だったり、図書館に行って読んでみたりしたけど、なかなか面白かったですよ。話としては短編が多くて、文庫本で言えば、三十ページから五十ページくらいの話が多いような気がしました」
「それだと、テレビドラマにすれば、銃後噴火に十分くらいのお話になるんでしょうね。僕も以前に見た記憶はあるんですが、ほとんど忘れてしまいました。だから僕が書いている作品というのは、その時の思い出が少しと、本当に僕の妄想のようなものだと思ってもらえばいいかも知れないですね」
「じゃあ、奇妙なお話をそんなに読んだという経験はないと?」
「あんまりないからインパクトに残ったのかも知れませんね。今お話をしているだけで、結構思い出してくるところもありました。確かにあなたのおっしゃる通り、私が読んだ作品も同じくらいの短編だったですよ」
「短編が合うんですかね?」
と彼がいうので、