小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集81(過去作品)

INDEX|5ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 また夢の中で自殺を考えた時になぜか見えてくるのは、電車の線路であった。別に轢死を望んでいるわけではないのだが、線路の真ん中に立って正面を見ているところから始まるのだ。枕木と敷石の上に乗った二本の線路が、先に行くほど細くなっていて、それでも交わることのない光景を見ていると、そのまま自然に歩いていくような錯覚に陥るのだ。
 そのまままっすぐに歩いていくと、目の前に今度は分岐点が現れる。迷っているわけではないが、しばしその場で立ち止まってしまった。連結器がゆっくりと動いて進行方向を決める。見つめていてどちらに進むと決めていない都筑は、連結器が切り替わった方向へと歩いていく。線路からほんのりと浮かび上がる蜃気楼、歩いている時には気づかなかったが、分岐点を見て立ち止まった時に背中から汗が吹き出してくるのを感じるのだった。その時に夢を見ていることを感じる。歩き始めるのは、止まっているのに目の前の分岐点が次第に遠ざかっていくのを感じるからだ。
 夢を見ていると周期があるのを感じる。
 周期の中でもパターンがあり、空港の夢、女性の声の夢、自殺の夢、線路の夢、他にもいろいろ思い出すことができるのだが、どこかにつながりがあるように思えてならない。同じような夢であっても、少しずつ違っている。
――前に見たことがある――
 と感じても、まったく同じではないので、前の夢を思い出すことはできないのだ。
 その中でも空港の夢が一番楽しい時に見る夢ではないだろうか。何か希望を持った時に見る夢、本を読むことの好きな都筑が、本を読んで睡魔に襲われた時に見る夢で一番多いのが空港の夢のようだ。空港の夢でいつも出てくる喫茶店、そして女性と知り合う。胸がときめくのを感じながら、まだ子供の自分にどんな感情が湧いたのか分からずに戸惑っている自分を見ながら苛立ちを覚えている。じれったさを感じながら、初恋を思い出すのだった。
 都筑の初恋は幼さの残る女性とのまるで白書ができそうなウブなものだった。相手も何も分からない中でお互いの気持ちをいつも模索しながら、自分の気持ちを確認することに終始する。そんな初恋は淡いと言えるだろう。それこそ初恋だと言えるのだろうが、
――初恋は成就しない――
 と言われるのが頭から離れない。そのためにお互い探りの気持ちが抜けなかったとも言える。
 別れを言い出したのは相手からだった。同い年の付き合いだったが、同い年の男女であれば、女性の方がかなりしっかりした考えを持っているようで、戸惑いながらの恋に見切りをつけたのだろう。都筑としても何となくぎこちなさを感じながら別れの二文字を意識しながらだったのだが、相手から先に言い出されたのでは一気に気持ちが舞い上がってしまった。
 別れたくないという気持ちだけが自分を動かす。常軌を逸した言動をしてみたり、相手に嫌われるかも知れないと感じながら自分を納得させるためだけにストーカーまがいになってみたりと、男として最低だったかも知れない。それだけ女性というものの存在が大きいにも関わらず、何も分かっていなかったのだ。
 どこかにトラウマがあったに違いない。それが女性に対してのトラウマなのか、自分の気持ちに対してのトラウマなのか、いやそのどちらもだったのだろう。
 自分の中にある一番嫌らしい部分が、その時一気に噴出した。そんな人間ではないと思っていたのに、結局取り乱してやってはいけないと思っていたことを耐えられずやってしまう。悩んでも仕方がないので、結局はそれを人間の本能として片付けてしまい忘れようとする自分が不思議と嫌ではなかった。
 それからしばらく落ち込んだのだが、それは嫌ではないながらも、後悔の念だけは残っているもので、思ったより立ち直るまでに時間がかかった。その時に人からもらったアドバイスがありがたく、人からもらうアドバイスを鬱陶しいと感じて毛嫌いしていた自分がここまで素直になれるのかと思うほどであった。
 裏を返せば、それだけ心細くなっていたとも言える。
「そうやって素直に人の話を聞くのはいいことだ」
 友達がそういいながら諭してくれたが、以前であれば一番反発したいような言われ方だったはずだ。落ち込んでいるからとはいえ、素直になれた自分をいじらしく感じる。だが知らず知らずにそれがトラウマとなって蓄積されるのではないかという懸念を抱いていたのも感じていた。
 周期の中で見る夢はどこかに共通点があるのだろう。起きている時に記憶に残っている夢を結びつけて考えようとするが、肝心なところを覚えていない。覚えているのは背中に流れるじっとりとした汗の感覚だけだ。肝心なことを思い出そうとすると、目が覚める過程まで至ってしまう。
 だがいつ頃からだろうか、
「あなたは優しいのね」
 と言われ始めたことがあった。どこがどう変わったというわけではないのだが、女性と知り合うと必ず言われる。
 すぐに付き合った女性に、自分のどこを気に入ったか聞きたくなる都筑だが、聞かれた女性は少し戸惑ってそう応える。戸惑いさえなければ完全に鵜呑みにして信じ込んでしまうのだろうが、少しでも考える素振りがあると、
――他にいいところが思いつかないので、適当な言葉であしらっているんだ――
 と勘ぐってしまう。
 相手の言葉を信じ込んでしまうところのある都筑だが、深く考えすぎるところもあるので、少しでも戸惑いを見せると、疑いが先にきてしまう。都筑に限ったことではないかも知れないが、相手が女性であれば特に顕著に表れる。
 優しいという言葉はあまりにも漠然とした言葉ではないか。確かにそう言われれば喜んでしまい、有頂天になってしまうだろう。特に好きな相手から言われれば嬉しくなるのだろうが、裏を返せば、優しいだけで、それ以上の感覚はないと言われているようなものかも知れない。その証拠に別れの時、
「あなたは優しすぎるのよ」
「どういうことだい? 君は僕のそこを気に入ってくれたんじゃないのかい?」
「ええ、そうよ。確かにあなたの優しさに惹かれたのが好きになったきっかけだったわ。でもね、好きになっていくにつれてそれが次第に気になってくるのよ」
 俯き加減で話している。話すこと自体が辛そうでかわいそうな気もしてくるが、このまま別れるというのはたまらない。
「よく分からないな」
「私に対して優しさが変わらないってことは、他の人皆にも優しいのよ。私だけへの優しさを持ってほしいと思っているのに、きっとあなたは違うんだわ」
 話していて次第にモジモジしはじめた。きっと彼女の気持ちを分かってあげられない都筑に苛立ちを覚えているのだろう。
 言っている意味は分からなくもないが、だが、気持ちの本質が分からない。優しさのどこを自分だけに見せてほしいのかが分からないのだ。優しさというのは意識するものではなく、自然に湧いてくるものだと思っている都筑にとって意識してしまうと、却って分からなくなってしまう。本当は言わないでほしいことだった。
作品名:短編集81(過去作品) 作家名:森本晃次