短編集81(過去作品)
そんな両親を見て育っているので、中西自身も我慢というのは自分自身に対するものしかなかった。それだけに妥協をどこまで許すかが一番の課題だった。子供心に我慢をすることがストレスを溜めて、自分の個性を発揮できなくなると思っていたからだ。妥協と個性、どこまでを許すか、頭の中で双曲線を描いていた。
田舎を出て都会で暮らすようになって、マンションを借りた。マンションというよりもコーポのように二階建てのこじんまりとしたところだが、部屋は二部屋あった。あまり整理整頓をするたちではない中西なので、一部屋は半分荷物置き場と化していた。
「彼女でも作って掃除してもらえよ」
友達が遊びに来ては、そういっていた。言われるのが恥ずかしく掃除しないといけないと思うのだが、その時だけで、友達が帰ればまた無頓着になってしまう。
――まあいいや、いつでもできる――
と考えているうちに、自分では収集がつかなくなった。どこから片付けていいのか分からないのだ。
普段生活をしていて困らない程度のことはついつい妥協してしまう。しかし、自分の信念や目標に関することは妥協しない。将来物書きになりたいと思い、そのために本を読んだり、取材旅行と称して、いろいろな土地を訪れたりするためのお金は厭わなかった。時間がある限りアルバイトを続け、そのお金を厭わないのだ。ある意味潔い生活だと思っている。
お金に限ったことではない。むしろお金よりも大切なのだろうが、時間というものがいかに大切か、考えるようになった忙しければ忙しいほど妥協に走りたくなってしまう。だが、信念を曲げることを許さず、忘れっぽい性格も災いして、毎日続けていなければ気がすまないのだ。
――俺ってコツコツ型なんだな――
時々そう思って自分で納得している。一度にいろいろなことをしなければいけない状況に陥った時に、頭の中を整理してことに当たるというのも一つの才能だろう。だが、中西にはそれができない。整理整頓ができないのに頭の中を整理できるものではないからだ。
「お前は要領が悪いからな」
何事にも積極的になれない中西を見て友達は苦笑いをする。特に女性に関していえば、不器用に見えるらしいのだ。できないことをできるなどと大風呂敷を広げるようなことはできない。口八丁手八丁でその場を乗り切る連中がいるが、性格的にもそんなことは考えられない。
どうしても消極的に見えるだろう。冷めて見えるかも知れない。だが、それもニヒルでいいという女性もいるかも知れないと淡い期待をかけているが、いまだにそんな女性に出会うことはなかった。
――いいんだ。これが芸術家肌というものだ――
開き直りにも似た考え方というべきか。
いつも自分の性格を考えている。どこまで自分には可能なのか、限界について考えていることが多い。女性との付き合いもしかりで、なかなかいい人が現れないことに、悩んでみたりもした。しかし元々がすべてを自然現象に置き換え、
――仕方がない――
の一言で済ませてきただけに、妥協という言葉が頭をよぎってしまう。
女性との出会いはきっかけという言葉だけを考えるだけでいいのかも知れない。出会いを求めるよりも、
――自然に現れるんだ――
と思う程度でどこからか現れる。実はいつも目の前にいて、考え方一つで見えたり見えなかったりするのではないかと考えるようになった。
高校の二年生で知り合ったのだが、それまであまりにも一人が長かった気がしていたが、知り合ってから話しているうちに、あっという間だったように思える。
「前から知り合いだったような気がするんだ」
知り合ってすぐに話したその気持ちがすべてを物語っている。あっという間だったような気がするのはそのためだろう。
彼女の名前は里美、加奈子のイメージがまだ頭の中にあるからか、とても雰囲気が似ているように感じる。加奈子との別れがどんなものだったのか、あまり覚えていない。自然消滅に近かったようにも思えるが、加奈子から遠ざかっていったようにも思える。
――俺が何か悪いことをしたのだろうか?
記憶にない。だが、自分で気付かないところで相手を木津つけたりというのはよくあることではないか、加奈子に対して気を遣っているつもりでいたが、どこかで、
――自分のものだ――
という安心感があったのかも知れない。独占欲は昔から強い方である。特に加奈子に対しては異常なくらいだった。誰か男性と話をしているのを見ただけで顔が真っ赤になって熱くなってくるのを感じていた。額からは汗が流れ、拭うのを忘れてしまう。流れ始めは熱いのだが、すぐに冷たくなってくるようだった。背中が気持ち悪かったことは鮮明に覚えている。冷や汗を掻くというのがこれほど気持ち悪いものだとは思いもしなかった。
運動で掻く汗とは種類が違う。満足感を得るためにシャワーを浴びればサッパリするが、冷や汗はそう簡単にはいかない。サッパリするかも知れないが、心の中に残った違和感が消えることはないのだ。
自分が何か悪いことをしたという感覚が頭の中から消えることはなかった。別れは突然に訪れるものだと聞いてはいたが、ここまで突然とは思わなかった。急に連絡をくれなくなり、こちらからあまり連絡を入れることを嫌う加奈子の言うとおりにしていれば、本当に遠い人になってしまった。それは自分の中でそう位置づけていたのかも知れない。その時はそれでもいいと思ったのだろう。しかし、後になって考えれば、
――あの時連絡を取っていればよかった――
という後悔が襲ってくるだけである。積極的になれなかったことがすべての原因だとまで思えるほどだ。
だが後から考えればそれでもよかったとも思える。思春期での玉砕はきっと立ち直れないように思えるからだ。それだけ自分に自信がない。躁鬱の気がなければそうでもないのだが、欝状態の時に玉砕を食らうことを考えると恐ろしくなる。
欝状態の時は感覚が麻痺しているものだ。だから玉砕してもあまりショックを受けないかも知れない。そんな考えも頭をよぎるが、それはあくまでも可能性の一つに過ぎない。冒険を極端に嫌う中西には、自分に当てはめることができなかった。
小説を書けるようになったのは、加奈子と別れてからだった。自分が不幸の絶頂にいるような気がすると思う時もあれば、まるで他人事のように考えられる時がある。
そんな複雑な思いが中西に小説を書かせた。元々本を読むのが好きだった中西にとって、ハードルはなかったのだ。別にコンクールに出したり将来小説家になろうなどという欲のない中西に、文章を書くことへの弊害はない。
――ただモノを作ることが好きだ――
それだけあればいい。他はいくらでも後からついてくるというものだ。最初こそ文章が続かずに苦労した。ネタが浮かんでも文章が続かないのだ。情景を表現するのが難しい。本を読んでいて、
――よくこんなにいろいろな表現ができるものだ――
と感心していた。
作品名:短編集81(過去作品) 作家名:森本晃次