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短編集81(過去作品)

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「やっぱり都会もんとは話が合わないや」
 といわんばかりである。
 田舎に住んでいることでの劣等感は、中西になかった。むしろ加奈子にはあるようで、中途半端な都会に住んでいるだけに憧れはあるのだろう。中西のように都会からは隔離された閉鎖的なところでは却って憧れなどないのだ。
 田舎のいいところを知っている。夕日の光景にしても、砂丘を思い浮かべるくらいの雄大さを思い浮かべることができるからだ。
 目の前に佇んでいる男は田舎にいそうなタイプではない。田舎に住んでいれば、田舎の匂いというものがある。魚のにおいであったり、穀物の匂いであったりするのだが、男には感じられなかった。匂いを感じないといった方が正解かも知れない。
 着ているものはみすぼらしいが、どこか垢抜けたところを感じる。まるで昔の武士の風格を感じるが、気のせいであろうか?
「きみはずっとここに住んでいるのかい?」
 男がおもむろに振り向いたかと思うと、話しかけてきた。
「ええ、生まれて十数年、ここで暮らしてきました」
 きっと怪訝な表情をしていたことだろう。見ず知らずの男に聞かれる筋合いもなく、しかもいきなりの質問内容ではないだろう。
「そうなんですか。ここは相変わらず変わりないでしょう?」
「こんな田舎変わりようもないでしょう」
――当たり前のことを聞くんじゃない。分かっているんだろう――
 言葉にならずに、目で訴えていた。
「田舎というのは風情があっていいですね。歴史の中の一ページにもならないんだからね」
 田舎でなくとも、歴史に残るような街というのがこんなに頻繁にあるわけもない。特に自分の馴染みの街には歴史に残ったところはない。
 近くに古戦場があった。小学生の頃に遠足で行ったような記憶があるが、その時は歴史など何も知らずに、ただ広い公園があることだけが印象的だった。歴史資料館もあるが、あまり印象に残っていない。残された資料の巻き絵が恐かった印象があるので、意識して記憶の奥に隠していたのかも知れない。
 たくさんの人の血が流され、死人の山だったことを資料館の人に説明されたが、ピンとは来なかった。中学に入って少し歴史に興味を持ったのは、その時の記憶があったからに違いない。
 戦争と権力闘争が繰り返された歴史の世界。同じことの繰り返しのように思ってしまっては進歩がないだろう。いろいろ勉強していく中で感じたのは、歴史には必ずいくつかのターニングポイントがある。どこかで何かが変わっていれば、歴史はひっくり返っていたであろうような場面である。
 よく「パラドックス」という言葉を耳にする。逆説と直訳できるが、すべてを仮定の中に置くことで考えられることすべてがパラドックスを形成しているのではないだろうか。歴史の舞台ではありえることである。
――あの時……だったら――
 という仮説を立てれば、そこから生まれてくる結果は一体幾とおりになるだろう。まったく正反対の結果も導き出されるのではないだろうか。それがパラドックスであり、歴史を考える上での醍醐味でもあるのだ。
 歴史とはある意味、裏表を見る学問である。支配者であっても、結局歴史の上では一行で済まされる人物かも知れない。誰が一体歴史に大きな影響を与えたかなど、後になっても分かるものではない。
 歴史に必死に問いかけるシーンを映画で見たこともあった。あれは、「二二六事件」を題材にした映画だった。「昭和維新」を旗印に、青年将校たちが国を憂いて起こした反乱、自分たちは官軍だと信じていたが、軍首脳部の策略で反乱軍にされてしまい武装蜂起を余儀なくされた時の青年将校の言葉、
「何が正しいかは、必ず歴史が答えを出してくれる。胸を張って行進していってほしい」
 といった言葉。歴史を知らなくとも、感動に値するものだった。鎮圧軍に投降して行く部下を見守る青年将校たち、彼らの目にはどういう行く末の日本が見えていたのだろう。そんなことを考えていると、歴史というものが興味深くなってきた。
 その言葉があったからだろうか、歴史の本を読み漁るようになった。
「もしも、あの時……」
 というシリーズの本が刊行されていた。学校の近くにある本屋で探しては買ってきて読んでいた。読んでいるうちに自分が主人公になっていくような不思議な気分に陥ってしまう。特に歴史の中でも興味深いのが二大勢力が存在した時代で、源平合戦など面白く感じていた。
 特に「平家物語」などのように表現が大袈裟なものは歴史を勉強する上で、大いに興味をそそられる。田舎に住んでいるからだろうか。歴史が身近に感じられる。身近に感じられると、田舎も住めば都、都会への憧れも半減するというものだ。
「私にはこの海が真っ赤に見えるんですよ」
 男は相変わらず視線を海に向けながら話している。ここの海が真っ赤に染まるというのはどういう意味だろう?
「夕焼けが綺麗なところですからね」
 夕焼けが綺麗ではあるが、中西の目から見て、いくら空が真っ赤な時でも、海まで真っ赤に見えたことはなかった。男には真っ赤に見えることがあったのだろうか。
「そんなに真っ赤に見えるんですか?」
 思わず聞いてみたが、男はそれに答えようとはしなかった。よく見ると、瞳が赤く染まって見える。男にだけは海が赤く見えているようで、真っ赤に見えるという言葉がまんざら嘘ではないように思えてきた。
「ここの海は本当に穏やかですからね。やはり入り江になっているからですかね」
 中西は続けるが男に反応はなかった。
「海って生き物なんだよ。感情を持っていると言った方がいいのかな?」
 中西の言葉にやっと反応した。それは、しばしの沈黙の後だった。中西の隣には加奈子がいる。加奈子は中西の腕に自分の腕を滑り込ませて密着しながら二人の会話を聞いていた。中西の横に隠れるようにして聞いていたが、どうやら震えているようだ。
 風がかなり強くなってきた。中西も普段であれば、震えているくらいの風の強さだろう。少し生暖かいとはいえ、風の強さはかなりなものだ。
「寒いかい?」
「ええ、少し寒いかしら」
 会話はそれだけだったが、男に集中していて忘れがちだった加奈子の存在を思い出し、さらに密着感を肌で感じるのだった。
 思わず、加奈子の腕に力が入る。寒いだけではないのかも知れない。男を見る目がオドオドしている。普段からあまり人見知りすることのない加奈子にしては珍しい。それだけ男の雰囲気が尋常ではないように見えるのだろう。
 男から一瞬目を離した。中西も海に集中していたようだ。どれくらい目を離していたのだろう。気がつけば男の姿は消えていた。
 キョロキョロとまわりを見た。
「どうしたの?」
 加奈子が心配そうに中西の顔を覗き込む。
「あ、いや、何でもないんだが……」
 加奈子の表情からして、今までのは夢だったのではないかと思い、男のことを聞いてはいけない気がした。
 加奈子の怯えはまだ続いているようだった。しかしその相手は中西自身に向けられているようで、後にも先にもそんな加奈子の表情を見ることはなかった。
作品名:短編集81(過去作品) 作家名:森本晃次