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短編集81(過去作品)

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 付き合い始めてからどれくらい経ってからだろう。念願叶って加奈子を丘の上からの夕日を見せることができそうだった。森を抜け、山の頂上から少し降りてくると、目の前に広がるいつもの夕日が二人を迎えてくれる。まったくいつもと変わらない光景は、横に加奈子がいようといまいと同じだった。大自然の中では見ている人間が一人だろうが二人だろうが、そんなことはまったく関係なく時が刻まれていく。
「綺麗ね。まるで砂丘のような波紋が見えるわ」
 まったく同じ発想をする加奈子が嬉しかった。
「砂丘とは規模が違うかも知れないけど、綺麗だろう?」
「ええ、遠くからみていて全体を見渡せるんだけど、どうしても、どこか一点だけを見つめてしまうような気分になるのは、砂丘を見た時と感覚が同じなのよ」
 加奈子は初めて見るのに的確な答えを返してくれる。漠然としてだが、言いたいことは分かっている。
――それにしても、本当に加奈子はここが初めてなんだろうか?
 そう思えるほど的確な印象の表現である。
 かくいうその言葉を社会人になってからしばしば思い出すようになった中西である。砂丘の夢をよく見た中学時代。社会人になると砂丘の夢より、山の上から見る夕日を思い出すようになった。
 加奈子と一緒に一番の絶景である丘の中腹までくると、その先は断崖になっている。簡素ではあるが、危ないので仕切りが立てられている。
 風の強さを感じた。しかし冷たい風ではなく、少し湿気を含んだ生暖かい風である。本当ならあまり好きな風ではない。生暖かく湿気を含んでいるということは、それだけ潮の匂いがきついということだからだ。漁師の親から生まれ、漁村で育ったわりには、潮の香りが苦手である。元々身体の強い方ではなかった小学生時代によく熱を出して寝込んでいたが、そんな時に感じる潮の香りはとてもきついものだった。
 加奈子と一緒に丘の上に立っていても少しも楽な感じがない。だが、それでも見せたかった夕日、加奈子といると思っただけで、気分的なきつさの分散はできそうだった。
 あたりを見渡すと、奥の方で一人の男が夕日を眺めている。今まで何度となくこの時間にここでしばらく夕日を眺めていたが、そこに人がいたなど皆無である。後姿を見る限りでは、まったく知らない人で、村人とも思えなかった。
 その人のいでたちはあまりにも貧相だった。服はところどころ破れている。色が違った部分があることから、継ぎ接ぎだらけの服を着ていることは明白である。一体どうすればそんな服になるのか不思議である。髪の毛のダラリと無頓着に下がっていて、みすぼらしさを前面に出していた。
 冬になると、このあたりの夜は冷え込む。凍てつく寒さをたまらなく感じ、凍えた手はカサカサに霜がかかったようになっている。
 その男は寒さの絶頂にいるような気がした。中西が感じていた生暖かさとは少し種類の違うものだった。
 それにしてもどうしてその時男が寒がっていると感じたのだろう? いでたちは昔の農民のような貧相さで、震えているように見えたからに違いない。確かに絶壁から先は海、少し離れたところから見ているのでは感じる冷たさにもかなりの差がある。
 海を真剣見つめているのか、真剣に見詰めている先に海があるのか、どちらにしても男の目の前に広がっている海は、普段から見ている紺碧の海だった。波も穏やかでいつもの小さな紋が規則正しく並んでいる。
 だが、どうしたことだろう。男が見つめている先の海はいつもの海のような気がしない。いつもどおりの静かな海である。穏やかすぎてその壮大さに感覚が麻痺しているのではないかとまで感じ、歩く靴音が却ってうるさいくらいだ。
 男の足元を見ると履いているのは靴ではない。まるで雪駄のような藁でできた大きな履物、雪国でもないのに、足元が目立っている。しかし、それも最初から感じていたのではなく、ふいに見た足元にビックリしたのが事実である。
――加奈子と一緒にここまで歩いてきた道、確かにいつもの道だったよな――
 そんな思いが頭をよぎる。そういえばいつもの森を抜けて来る時にいつもよりも暗く感じられた。
――雨でも降るんじゃないか――
 と思って思わず空を見上げたほどで、その時に感じた空は明らかな曇天だった。
 木々の間から見える空はグレーに染まっていて、今にも雨が落ちてきそうだった。それは森を抜けてから感じた湿気を帯びた生暖かい空気に由来しているものがある。どちらにしても、感想した砂丘地帯とは対照的な雰囲気である。
 グレーというものが、これほど他の色に影響されにくいものだとは思いもしなかった。色自体は漠然としていて少し着色すればどんな色にでもなりそうな気がするのだが、それだけに色が奏でる調和のすべてを吸収しているように思える。
「グレーゾーン」という言葉があるが、アバウトで漠然としたものの例えでもある。
 砂丘で感じた赤い色、これは明るいものの代表である。どう逆立ちしてもグレーがレッドに敵うものではないが、何か気になってしまう色である。曇天の中に吸い込まれそうに思うのは、果てしなさを感じるからだろう。小さい頃から赤や青などの原色が好きだったが、
「原色というのはすぐに飽きがくるからね」
 と言っていた人の言葉を思い出した。
 中西は、飽きるまでするタイプだった。好きなものがあればずっと食べていても飽きが来ないタイプで、学食のカレーを二ヶ月食べ続けても飽きが来なかったくらいだ。色についてもそうだ。原色の話をしていたのは、母親ではなかっただろうか。ハッキリとは覚えていないのはなぜだろう? 一旦納得したはいいが、後からどこか納得のいかないところが出てきたように思える。
 田舎に住み慣れると、都会が恐くなるものらしい。中西のように田舎に生まれて田舎で育てば、都会への憧れが日増しに強くなり、高校を卒業して都会に出て行く人たちの気持ちが分かるようになってくる。
「こんなところで一生を終わるものか」
 そういって都会へ出て行った人を何人も見てきたのだ。
 都会を知っている人、都会から夢破れて帰ってくる人を見続けてきた人は、当然反対する。中西としても顔では、
「いいじゃないか、行きたいなら行かせてあげれば」
 と思いながら、心の底では、
――二度と帰ってこないでくださいね。自分が行くまで――
 と思っている。都会という魔力を考えた時に目の前に見えてくるのは、曇天のようなグレーであった。それだけにグレーという色が果てしなく感じられるのだ。
 都会への憧れは、そのまま田舎への不満へと繋がっていく。まわりの人間には暖かく見えるが閉鎖的で、一旦嫌われると言葉どおりの村八分、完全に相手にされなくなる。表面だけを取り繕って中身がないのが都会人だと父親は言っていたが、表と裏がハッキリしすぎているのが田舎の人間ではないだろうか。
 都会の人間と田舎の人間、比較するにはあまりにも土俵が違いすぎるように思う。まだ中学生だった中西にできるわけもない。何しろ田舎だけでしか暮らしていないのだから。
 クラスに都会からの転校生が来たことがあったが、最初は皆興味津々でいろいろ話しかけていた。しかし、それも時間が経つにつれて誰も話さなくなる。
作品名:短編集81(過去作品) 作家名:森本晃次