小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集81(過去作品)

INDEX|12ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 都会で暮らしていると、必ず誰かと誰かを比較している。無意識であってもそれが生きていく上での本能というものではないだろうか。そんな考えなど田舎の人たちにはないのだろう。誰を分け隔てするともなく接している。
「うちで取れた大根だけど、いかがですか?」
 近所のおばさんが野菜などを持ってきてくれる。親切なのだが、それも続くと少し億劫になるのか、
「せっかくいただいたんだけど、こうも続くとね」
 父や母は心配していた。確かに親切の押し売りに見えなくもない。ありがたさが過ぎると、わざとらしさに姿を変えてしまうようで、ありがたさも半減してしまうというものだ。
 申し訳なさそうに受け取る両親を見ていると情けなさを感じる。仕方ないのだろうが、主導権は向こうにあるのだ。
 田舎に住み始めて最初に感じたカルチャーショックが次第に大きくなってくるのを感じる。今までは何の意識もなくテレビのチャンネルを捻っていたのに、見れるチャンネルがこれほど少ないと、テレビを見ても面白くない。自分の中学時代というと、まだ家にビデオデッキもなく、ましてや田舎の人にはビデオという感覚すらなかった。
 時間通りに来ないバス、来なくても焦ることもなくじっと待っている田舎の人たち、傍目から見るとおおらかで気持ちに余裕を感じるが、果たして自分がその立場に立ってみると、結構きついものだ。元々、時間厳守を信条としていた富松だけに、少しでも時間が経過するとイライラしてくる。
 だが、時間に関して言えば、最初こそ時間がまったく過ぎてくれず辛いのだが、十分、二十分と経つうちに時間の経過が早く感じられる。時間の感覚が麻痺してくるからだろうか。だが、不安だけは取り除くことができず、目の前に広がる田園風景が果てしなく続いているのを見るだけで恐怖心が煽られるのだった。
 何が恐怖なのか分からないのだが、次第に自分のいる場所が分からなくなってくるような錯覚に陥ってしまう。
 一番感じるのは夜だろう。田舎の夜はとてつもなく早い。眠らない街とまで言われる都心部に比べ、その時間を吸い取ってしまったと思えるほど、夜の静寂はすべてのものを闇で覆い隠す。色はもちろん、声を立てても闇に吸い取られてしまいそうな錯覚に陥ってしまう田舎に住んでいると、あれほど嫌だった雑踏の夢を見てしまうくらいだ。
 夢の中でいつも急いで歩いていた。どこかを目指しているわけではないが、感覚として家に帰っているように思える。
 しかし、歩いている道が本当に家に帰っている道なのだろうか? 都会に住んでいた頃の懐かしい風景を思い出しながら見ているのだが、いつものマンションの角を曲がると、そこに現れたのは田舎の風景である。かすかな明かりの元、目の前に見えるバス停だけが確認できた。
――おかしいな――
 とは感じるのだが、いきなり田舎風景に変わったことに驚きを感じているのとは少し違うようだ。きっと自分が夢を見ているという自覚があるからなのだろう。夢を見ているという感覚があればこそ、
――潜在意識の成せる業だ――
 と冷静に考えることができる。自分がここまで夢の中で冷静なれるのを感じたのは、田舎に引っ越したという環境の変化を身体で感じてきたからに違いない。
 夢と言うのは自分の頭の中にあることをそれ以上に見せるものでは決してない。フィクションではあるのだが、不可能なことであればたとえ夢でも不可能だという感覚が頭の中に意識としてあるため、それ以上を見ることができない。
――ああ、夢だったんだ――
 起きてから感じるのは、いつものこと。現実と夢との境にそれほどの隔たりを感じないからだろう。どこまでが夢で、どこからが現実なのか、ハッキリと目が覚めても分からない時もある。
 田舎の人たちの豹変はいきなりだった。なぜ変わったのか分からなかったが、ひょっとして最初から雰囲気はあったのだが、自分が優越感に浸り、有頂天になっていたために気付かなかっただけかも知れない。だが豹変に気付いて見るまわりの人の顔に浮かんだ陰湿さは、今までに会った人たちの中でも最高にインパクトの強いものだった。
「田舎って閉鎖的だから気をつけないとな」
 転校の知らせを聞いた都会での担任が言っていた。何のことを言っているのか分からずキョトンとしていたが、まわりの豹変に気付き初めて、その言葉を思い出した。
 閉鎖的といえば、そのことは最初から感じていたかも知れない。だが、純粋に相手の話を聞いている目は紛れもなく澄んだ目をしていた。一点の曇りも感じさせなかったように感じたのは、瞳の奥にきらりと光るものを感じたからであろう。
 特に女性の目の輝きを感じた。クラスメイトの男子は、どこか皆不良のように見えたのは偏見かも知れないが、口をきけば完全に喋り方のイントネーションは田舎者である。アンバランスさが滑稽である。
 しかし、女性は違った。あどけなさが残る中に、好奇心が旺盛で、それは憧れを見る目に違いなかった。しかし、女性の肉体の変化は男性よりも早い。それについて悩み始めている女の子がいて、その子が富松に相談を持ちかけてくるようになった。
「都会の人たちのことをもっとよく知りたいの」
 名前を啓子という女性は、胸の膨らみを恥じらいのように気にする女の子だった。少しずつ増えてくる体重に真剣、不安を募らせているようだ。目が細くて一重の瞼が印象的である。少しきつめの表情にも見えるが、富松はそれくらいの女性の方が好みである。天邪鬼なのか、あまりにも優しそうな顔は、却って鬱陶しそうに感じられるのだ。
 ちょっときつそうなその表情には、何か懐かしさを感じる。子供の頃に近くに住んでいたおねえさんを思わせ、最初見た時に感じた
――前から知っていたような気がする――
 という思いの回答が出るまでに少し時間が掛かった。
 富松の初恋はそのおねえさんだったかも知れない。女性に興味もなく、あまり友達と群れを成すことの嫌いだったので、どれが初恋かと言われれば、きっと啓子さんだと答えるだろう。
 おねえさんと啓子さんとでは環境があまりにも違いすぎる。自分の成長の度合いもさることながら、田舎で見かける女性と都会とでは違って見えるのだ。
 小学生から見たおねえさんは身体つきも大きく頼もしく思えた。まわりと群れをなさないことで虚勢を張っていた富松は、次第に自分が孤独になっていくのを分かっていた。分かっているから虚勢が必要なのであって、それがたまにストレスとして溜まっていたように思える。
 それを癒してくれたのがおねえさんだった。暖かい目が印象的で、啓子さんとの表情とは一見違って感じるが、なぜか印象は同じなのだ。啓子さんより一回り大きく感じるのは、啓子さんの後ろで影のように静かな存在として感じているからだろう。
――もし同じ時期に知り合っていればどうだっただろう?
 考えられないような気がする。同じ時期に富松の前に現れるなど、なぜか考えられない。同じ雰囲気を持っているからなのか、それとも富松のまわりの環境が変わってしまったからなのか、よく分からなかった。
作品名:短編集81(過去作品) 作家名:森本晃次