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生と死のジレンマ

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 幸いにも防空壕の中までは爆弾も焼夷弾も効果はなかったようだ。もちろん、直撃を受ければひとたまりもないのだろうが、それこそ、入った穴倉で、騒ぎが収まるのを祈りながら待つしかなかったのだ。
 典子は土で覆われた防空壕の天井を恨めしく眺めていた。遠くから爆弾の破裂する音や、爆弾が降ってくる空気を切るような音が聞こえている。
 そんな時間がどれほどあったのか、結構な時間が経ったような気がしていたが、次第に爆撃の音が静まってくるのを感じた。しかし、表に出ることはできない。まだまだ火災は広がっていて、正直、すべてを燃えつくすまでは消えないだろうということは想像がついた。
 皆、被っている防空頭巾の下はすすややけどで、顔が真っ黒になっている。子供の中には泣いている子がいて、それを母親が必死に宥めている。
 誰もが身体を寄せ合って、じっと穴倉に潜んでいる様子は、本当にこの世のものとは思えない感覚だった。
 実際に表は火の海になっていて、こちらもこの世のものとは思えない地獄絵図なのだろうが、じっと息をひそめて表に出ることもできず、不安な中やり過ごしているというのも、形としては表現できないが、精神的には十分に追い詰められる地獄の一種なのに違いないだろう。
 典子はそれでも、けが人を治療しないといけなかったので、不安に震えている皆とは少し精神状態は違った。張りのようなものがあったからで、じっと傷口を見ていると自分が置かれている穴倉の中の環境とは違っている感覚だった。
 野戦病院という感覚でもなく、普通に病院で看護しているような感覚にすらなった時間もあり、そこに自分なりの充実感すら感じられた。
 その時、典子はふと矢久保のことを想い出した。病室に入院していた時の矢久保が自分に襲い掛かったあの時、抵抗しようと思えばできたはずなのに、抵抗しなかったのは、あら矢久保を求めていたからなのかも知れないと思ったのだ。
 それ以前は、オトコというものを知らなかった典子だったが、知ってしまうとどうなるのか自分でも怖かった。最初に女性の身体に溺れてしまった自分も、まさかと思っていた感覚に似ていた。矢久保に惹かれたのか、男性というものに惹かれたのか、よくは分からなかったが、矢久保に蹂躙されたあの時、悪い気はしなかったのは事実である。
 だが、言いなりになっていたわけではなかった。矢久保は理性をかなぐり捨てて襲い掛かってきたくせに、どこか控えめなところがあった。強引にできるべきところを、抑える気持ちがあったのだ。
「俺は癒しがほしかったんだ」
 と彼は最後にそう言っていたが、その言葉があったから、典子は彼の行為を許し、自分の気持ちも許すことにしたのではないだろうか。
 その時に、矢久保にM性があるということは分かっていた気がする。自分にSの気があるということは分かっていなかっただろう。なぜならレズビアンの相手に対して、自分がずっとMだったからである。
 だが、矢久保に襲われた時、意識の中に絶えずレズの先輩のことが見えていた。
「見え隠れしていた」
 というわけではなく、ずっと見えていたのだ。
 つまり目の前に矢久保という男を感じながら、裏の目には先輩が写っていた。その時、自分が二重人格なのではないかと典子は感じていたことを、今でも覚えているような気がする。
 それなのに、彼女に対してのM性は、矢久保の前では封印されていた。矢久保と一緒にいると、別も自分が出てくる。逆にいうと、別の自分が表に出てくる時というのは、Mである自分が後ろに隠れるというわけではない。
――ひょっとしていつも自分の性格を一つだということが当然だと思ってはいたが、表に出ているのは、いつも二人であって、その二人が微妙にところどころで入れ替わっているのではないか?
 と感じた。
 そう感じることで、自分の中の記憶を失った部分に対しての説明がつくのではないかと思えたのだ。
 二重人格というのが、必ずしも正対するものでなければいけないとは典子は思っていない。中には背中合わせのものもあって、その実、すぐそばにある平行線のようなものと言えなくもないと思える。
――まるで石ころのような存在――
 石ころというと、目の前にあるのに、誰も意識しないというものである。見えていることには違いない。それなのに、意識されることはない。そんな不可思議な存在なのに、石ころのようなものの存在を誰も意識はしないだろう。
 そういう話をされても、ピンとくる人は少ないに違いない。別に自分に何ら関係のあることでもないと考えているからであろう。
 しかし、典子は違った。
 あの日、空襲警報が鳴ったあの日、彼と抱き合う前の布団の中で、石ころのような話をしたのを覚えている。
「俺は石ころのような存在になりたいって思うんだ」
「石ころ?」
「ああ、石ころというのは、道端にあっても誰も意識しないだろう? 見えているはずなのにさ。だから、石ころが別の場所にあったとしても、誰もおかしいとは思わない」
「それは、河原なんかにたくさんあるからなんじゃない?」
「確かに河原にはたくさんあるので、いちいちそのうちの一つを意識する人なんかいないと思うけど、別の場所、例えば倉庫なのに、ポツンと一つだけあっても、誰か意識する人はいるかい?」
「でも、普通ならその場所にあるはずのないものがあれば、おかしいと重いんじゃないかしら?」
「普通ならそうなんだけど、石ころの場合は違和感がないんだ。だから、見えているのに、意識されることのないものだって言いたいんだ」
「私、それに似たような話を聞いたことがあるわ」
 と言って、典子はその時、研究者である義兄の話を思い出していた。
 典子は続けた。
「確か、その人がいうには、『宇宙には私たちが知らない不思議なことがたくさんあって、例えばどんなに巨大なものであっても、吸い込んでしまうブラックホールのようなものや、宇宙の墓場と言われているサルガッソのようなものもある』って言っていたの」
「それで?」
「その中の星にね、星というのは自らが光を発するか、あるいは、光を受けて反射することで光っているものの二種類が存在するんだけど、実はまだ知られていない第三の天体として、『暗黒星』ち呼ばれるものがあるんじゃないかというのを提唱している人がいるというのよ。その星は自分から光を発することもなく、光を反射もしない。光を吸収し、あくまでも真っ黒で、まわりにはその存在が分からないという星があるというのよね」
「それって怖いよね」
「ええ、そんな星が近くにあっても、誰も気づかない。だから衝突して、初めてその時、そこに星があったと感じることができる。すでに手遅れなんだけどね」
「そんな星が存在しいるとすれば、本当に怖いよ。ブラックホールやサルガッソのような発想に似たものだね」
ええ、石ころの話を聞いて今私はこのお話を思い出したの。もし、これを人間にたとえるとすれば、どう解釈すればいいのかしらね。そばにいても気づかない人が、こちらを殺そうとしているとすれば、それは完全犯罪になってしまうわよね」
「確かにそれは言える」
「ところで、もう一つ怖い話ではあるんだけど、君はドッペルゲンガーという話を聞いたことがあるかい?」
作品名:生と死のジレンマ 作家名:森本晃次