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生と死のジレンマ

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 なるほど、思春期になったからクラスの女の子を意識するようになったのも無理もないことだったが、実際には違っていたのだ。その違いに最初に気付いたのは典子が学校の帰りにクラスメイトの男の子たちから苛められているのを見てからだった。
「何しているんだ」
 と言って、飛び出した義兄を見て、苛めていた男の子たちは、まるでクモの巣を散らすかのように一瞬にして四方八方に飛び散った。
 苛めていた子供は全部で四人だっただろうか、苛められていた本人である典子はまわりを見る余裕もなく、ただ俯いていたので、人数の感覚は分からない。義兄としても、一気に飛び出したので、飛び散った相手しか見ておらず、正確な人数までは分からない。
 その時の義兄の行動は、反射的だったと言ってもいいだろう。もし少しでも躊躇していれば、飛び出すようなことはしなかっただろう。それだけ義兄の気が弱いということを示しているのだが、もし、本当に少しでお躊躇していれば、飛び出すことはなく、苛められている典子を見ながら、また別の感情に抱かれてしまっていたのかも知れない。
 その感情とは、口にするにもおぞましいものだが、典子が苛められているのを見て、自分も興奮するという、一種の「自慰行為」のようなものに似ているかも知れない。もしそうであれば、そんな性癖を誰にも知られてはいけないだろうし、そうならなかったことで、義兄はそんな自分がいたことも分かっていないに違いない。
 だが、
「あの時にもし飛び出してこなかったら?」
 という思いが義兄の中にはあり、その時の感情として、実に気色の悪い感情が残ってしまうであろうことは想像できたのだ。
 その感情がどのようなものであるかまでは分からない。自分で認めたくない何かであるとは思ったが、実際に思春期になって初めて「自慰行為」なるものをしたくらいの義兄には、その感情の正体が分かるはずもなかった。
 それでも心のどこかに、
「もったいなかった」
 という感覚も残っていた。
 それは、自慰行為で果てた後に残る憔悴感に近いものだったのかも知れない。最後の快楽を求めるために行うのが自慰行為というものなのだが、果ててしまうとそこに残るのは憔悴感というやるせなさだということも分かっている。それと似た思いが、義兄の中にはあったのだ。
 それからの義兄は、
――あの時と同じような思いを、もう二度としたくない――
 という衝動に駆られていた。
 その思いから、
――思い立ったことは躊躇せずに行動した方がいい――
 という感情を強く持つようになった。
 思春期というのは、衝動からの行動を起こすことが多いということを大人になって感じるようになったが、それがこの時の思いなのだということを大人になれば忘れてしまっていることが多く、想像もつかなかったりするものである。
 苛められている典子を救った義兄は、実に不思議な感覚があった。
 衝動での行動であったが、反射的に動いてしまったことを反省した。それは自分の中に残ったもったいないという気持ちがどこから来るのか分からなかったからだ。
「お義兄ちゃん、ありがとう」
 というまだあどけなさの残る顔でいう典子を見ていると、
――どうして、妹なんだ――
 という思いに苛まれた。
 確かに血は繋がっていないが、体裁上の妹であるということは、貞操以前の問題であって、好きになってはいけない相手だということを瞬時にして悟らなければいけないに違いない。
 義兄は少しでも躊躇すると、その躊躇は放射線状に巨大化していく妄想にとりつかれてしまうことがある。
 クラスメイトの女の子が気になるようになったのは、
――妹を好きになってはいけない――
 という気持ちの反動からだった。
 躊躇からどれくらいの時間が経ったのか、想像以上に早く自分の妄想の正体を知ることができた。
――知らない方がよかった――
 と感じることは、世の中にたくさんあるだろう。
 だが、これほど自分の身がよじれるほどの歯がゆさが感じられるものを今までに感じたことはなかった。まだ十数年しか生きてこなかったが、いつも下ばかりを見て生きている義兄にとって、この十数年でも、結構長く生きてきたつもりだったのだ。
 苛めっ子を退散させた義兄は、
「大丈夫か?」
 と典子を助け起こし、その瞬間、自分が正義のヒーローにでもなったかのような英雄感を抱いていた。
 しかし、それだけではなく、それ以上に典子からの崇めるという表情を期待した。それは誇大妄想に違いなかったが、
「もったいない」
 という訳の分からない感覚が残っているせいもあってか、必要以上の妄想は致し方のないことに思えたのだ。
 実際の典子の表情は、義兄が妄想したものとは違った。
 いや、妄想という意味ではピッタリだったのかも知れない。それは期待ではなく、自分の欲望を満たしてくれるものだったということなのだった
 典子の顔には、妖艶さが醸し出されていた。
「いや、見ないで」
 そんな表情を感じた。
 図らずもその時典子も同じことを妄想していた。
――こんなところを見られて恥ずかしい――
 という思いとは少し違った。
「見ないで」
 という感覚は、実は見てほしいという感情の表れであり、相手に自分を見せつけたいという感覚に近かった。
 それは、SMの世界ではM寄りになるのだろうが、我慢できなくなるまでのことはないように思えたのに、その時の典子は、我慢できない気持ちになっていた。
 見られることを望むというのは、自分を見てほしいという自己顕示欲であり、その強さがM性と言ってもいいのだろうが、典子の中には、
「その先」
 があったのだ。
 見られるだけでは我慢できず、自分の欲望を果たしてくれるような行動を相手に求める。それは性的な行動ではなく、ただ、
「見てほしい」
 という感情である。
 相手に見せつけることで、相手は何もできず、悶々とした気分になり、その素振りが自分を興奮させるものになるという感情だった。
 だから典子は必要以上に相手を興奮させるようなことはしなかった。相手の理性の内でしか行動させてはいけないからだ。
 相手が自分の殻を破って襲い掛かってくれば、それは自分が蹂躙されてしまう。そこまでは許せない。
 クラスメイトとの関係でも、典子と苛めていた連中の間で暗黙の了解ができていた。
 彼らは決して典子を蹂躙しようとは思っていない。典子の身もだえる姿を見せつけられて、性欲を掻き立てられるという彼らこそMであったのだ。
 少年少女に、
「SMの関係」
 などという大人の世界が分かるはずもない。
 だが、お互いの線引きが分かっていた。それはどちらが指示するというわけではなく、お互いに了解しあっているということだった。
 典子の方で、そんな相手にしか自分の性癖を見せていない。もし、他に自分に近寄ってくるちょっと違った性癖を持っているやつがいるとすれば、
――私の中には毒があるのよ――
 と言わんばかりの雰囲気をまわりに見せつけることで、入ってこれなくしていた。
 それが典子の、
「持って生まれた自己防衛能力」
 であり、この力の先にあるものが、典子のS性だったのではないだろうか。
作品名:生と死のジレンマ 作家名:森本晃次