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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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おその惣助物語(五話まで)

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高い高い真っ青な空に、ちぎれ雲がふよふよと飛んで、それが強い風に飛ばされていく。日増しに冷たくなる風には侘しさがありながらも、葦や木の葉が風にさらわれて青空へ巻き上がるような、秋らしい良い日であった。


婿は馬を連れ、仲人のトメさん夫婦に案内をされて、おそのの家にやってきた。

おそのの家の母屋では早くからおそのの身支度をしていて、婿が来たとなると、母親は大慌てでおそのの髪を結った。

家に集まっていたおそのの親戚縁者や村の者に、婿は挨拶をし、花嫁が出てくるまでもてなしを受けていたが、やがて襖が開き、おそのが姿を現した。


その時のおそのは、自らのここ一番の大舞台に緊張しながらも喜んでいたが、大事な儀式の場とわきまえ、慎みが胸深く湧くままに振舞っていた。

自然と伏し目がちになって微笑んだまま、おそのは部屋の入り口に座って三つ指をつき、頭を下げる。着物は何枚も重ねられ、外側に羽織った色打掛には、きらびやかな刺繍が施されていた。頭には、花びらのような簪が刺してある。おそのが下ろした手首から、柔らかな絹地がふわりと落ち、畳に広がった。

「お初にお目にかかります。このたびは、ようこそおいでくださいました。わたくしがおそのでございます。ふつつかな者でございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

すると、それまで酒を注がれるままに受けていただけの婿も、厳かに正座をして手をつき、おそのと、おそのの父母へ頭を下げた。

「お初にお目にかかります。わたくし、味噌屋「藤兵衛」の次男、染二郎と申します。お話を受けてくださいまして、大変嬉しゅうございます」

その婿が顔を上げてみると、大変ないい男であった。


おそのはそれから婿の「染二郎」の連れてきた馬に乗り、婿方の家を訪れて、もてなしを受けてから暮れ方に帰ってきた。



さて、それから二人は夫婦となり、仲睦まじく暮らした。朝から晩まできびきびと働き、おそのやその両親に尽くしてくれる染二郎のために、おそのと母親は、なんでも拵えてやっては、二人とも喜んでいた。

しかし、そこから三月ほどすると、どうも染二郎の様子がおかしくなってきたのだ。


ある頃から染二郎は、なんとなく仕事に身が入らなくなった様子で、家を空ける日が多くなった。

初めは「庄屋の三右衛門さんに呼ばれて」だの「トメさんがその後を聞きたがっていて」だのなんだのと言っていたが、大酒を飲んで帰ってくることも増え、しばらくすると、それがのべつのこととなってしまった。

店を継ぐ婿だからと、おそのも両親も初めは我慢をしていた。しかし染二郎が毎日帰ってくるのは夜中で、酔っ払って力任せに戸を叩くようになると母は泣き、父はそれを気にして臥せってしまうようになった。近頃では染二郎は、店の儲けばかりでなく、餅を拵える米代にまで手をつけるようになっていたのだ。


おそのはある日、自分の夫だからと、控えめながらも染二郎に忠告をしようとした。


その日も染二郎は酒に酔って裏の戸をドンドンと叩き、おそのの母はびっくりして飛び起きて、父が唸り出したのを後目に、おそのが戸を開けた。

よろつく染二郎を根間の布団に横たえてやる前に、おそのは羽織を脱がせてやりながら、「お遊びに出るのは、もうすこっし控えて…」と言いかけた。

すると、おそのが言おうとしたことに染二郎はきっと目を剥いて振り向き、おそのを睨みつけた。

「おけえりなせえませくらい言えねえんか!せっかく婿になってやったっつうに、ありがてえと思え!」


おそのはその時、染二郎から脱がせた羽織を持ったまま、目の前が真っ暗になってしまった。


染二郎は、悪いことをしているなんてこれっぽっちも思っていなかったのだ。それから、飽きたようにぷいと脇を向き布団に身を投げ出すと、それきり何も言わずに、染二郎は寝てしまった。



おそのはその晩、「自分がいけなかったのだ」と、自分を責めた。なぜと言って、夫がしっかり商売にかかれるように、万事を整えるのも妻の役目と、おそのは両親を見て思っていた。

だからおそのは、染二郎が心得違いをすることになったのは、自分が染二郎可愛さになんでもしてやってしまったからだと思い詰め、気がつくと、辻道にある老いた松の木に縄をくくりつけ、その前に置いた踏み台へと足をかけていた。


とっつぁま、かっつぁま。すまねえだ。

心の中でそうつぶやき、おそのは縄で作った輪を、ぶるぶる震えて止まらない手で掴む。その時だった。


「おそのさん!待つだ!」


暗がりから誰かが小声でそう叫んだ。すると、まるでそれを合図に待っていたように、おそのが踏み台を蹴る。しかしおそのを止めようとした者の方が一歩早かった。おそのは抱きとめられて、おそのの首は縄から外れ、そのまま二人は地面に転がった。




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