おその惣助物語(五話まで)
四話 おそのの婚礼
おそのは、もう年頃である。田舎は特に嫁に行くのが早く、おそのの父母もかなりの年寄りになっていた。
おそのの両親はそのことで気を揉んで、「孫の顔を見るまでに死ねやしないし、店を続けるためにも、おそのに婿を迎えたい。しかしまだおそのの気持ちはどうなのか…」といったように、心配ではあるがおそのには言い出せず、陰で相談をしていた。
ある晩のこと、おそのが厠に行こうと眠い目をこすり廊下を歩いていた時、父母の寝間から声が聴こえてきた。それで気になったおそのは、二人の相談を覗いてしまった。
「もしや商売のことで心配でもあるのでは」と思って、おそのは聞き耳を立てていた。すると、自分に早くも婿をという話だったので、思いもよらなかったことにびっくりして、おそのは戸惑った。
しかしそこは昔の娘のことで、「親の連れてきた相手と結婚するのは当たり前」であった。
おそのは毎日店で大忙しで、想う相手も無く、「それならやはり…なるべく良い方ならば…」と思い、「とっつぁまとかっつぁまがいつ言い出すのか」と、毎日緊張していた。
ある晩のこと、店を閉めて晩飯を食べてから、母親がおそのを卓に呼び戻した。
「おその、おめに話があるだ」
「え、かっつぁま。なんだで」
母親は神妙な顔をして、それからちょっと気が咎めるように、言葉に迷った。そしてやっぱりと、おそのにこう聞く。
「おめ、好きんなった男なんつうのは、居っか…?」
おそのは首を振った。母親はそれを見てちょっと安心したような顔をして、隣に居る父親と顔を見合わせる。その後、父親はおそのにこう言った。
「前にここに来たぁ言うて、おめを気に入った隣村の味噌屋の次男だって言いなさるお方がな、婿養子に来てくんなさる言うだよ」
おそのは「やっぱり」と思って、頑張って顔を引き締め、こくりと頷いた。
「実は、おらたちももうお会いになっただけんど、うんといい方だでぇ、おめも気に入るだよ」
母親もそう言い添えてくれたので、おそのは少しだけ安心した。
仲人は話を持ってきてくれた「トメ」という婆さんと、「喜三郎」という爺さんの夫妻が務めることになり、おそのはその二人に挨拶をした。
トメ婆さんと喜三郎爺さんはにこにこと嬉しそうな顔をして、また、気持ちの置きどころのなさそうなおそのを気遣うように、いろいろと話をしてくれたあとで、こう言った。
「そりゃあ知らんもん同士がめおとになるだで、心配ぇだろうけんども、なぁんも心配ぇするでねえ」
トメさんのその言葉に、おそのは「え、ええ…」と、むしろ緊張したようだった。
「何、婿養子なんつうのは、嫁っこは親元だで、今までどおりに暮らせるだ。それに、向こうは「店の繁盛のために、早く仕事を覚えてえ」と言うてるだ。心配するこどねぇ」
それを聞いておそのも肩の荷が少し降りて、どんな人かと、毎日想像をするようになった。
それから、吉日を選んで婿はおそのの家に来ることになり、ひと月ほど前に婿の家からおそのの家にトメさん夫婦と婿方の荷運び人が来て、祝儀のための金、それから酒樽、おそのの晴れ着に、着物反物、紋付きなどが贈られた。
母親は大喜びで、涙を流しながらおそのに着物を羽織らせてみてやったし、おそのも綺麗な色打掛を纏った自分の姿に、思わずため息を吐いた。
話がまとまったのが秋の初めで、おそのの家では親戚縁者を集めるのに文をしたため、村の年寄りなどにも声を掛けた。そして、婿がおそのの家を訪ねたのは、秋の終わりだった。
作品名:おその惣助物語(五話まで) 作家名:桐生甘太郎