おその惣助物語(五話まで)
数日して惣助はだいぶ体が楽になったので、村の人々から分けてもらった野菜や味噌、豆などを自分で煮たりして、たんと食べて精をつけた。村の人にとっても、よく仕事を手伝ってくれる優しい惣助は大事だったのだ。
そして、惣助は元の通りに畑仕事が出来るようになり、休んでいた分もせっせと働き、なんとか七月の始めには大根の種を撒くことが出来た。
「よーお、惣助でねかぁー。もう起き上がってええんかぁー」
ある夕、惣助が畑から帰る道に出ると、遠くから爺さんが一人歩いてきて、そう言った。
「二郎さんけえ、もうだいぶええだあ。あんがとなあー」
惣助がそう返すと、二郎さんと呼ばれた爺さんは、手に持っていた荷物をごそごそと探り出した。そして何かを取り出して、惣助の元へ走り寄ってくる。
「んじゃあ、これ食えなぁ。おらの肴にしようどしだもんですまねえけんど、甚平屋で買ったでよお」
爺さんが手渡そうとしたのは、小さな椀に入ったすすり団子だった。
「んにゃあ、もうよくなったで、大丈夫だ」
「いんにゃ。おめ、あの体がそんなすぐ良ぐなるわげねえ。もらっとけぇ」
爺さんはちょっと顔を険しくして首を振る。惣助もそれにはもう逆らえず、汁椀を受け取って、礼を言った。
「そうけなぁ、あんがとさん。かえってすまねえだぁ」
「いやいや、おみつに聞いてたで、だいぶ悪ぃってよぉ。そんなのに、おめはおみつが帰ってきでから、二日も経たねえで礼に来たで。家のもんはおどけえたで」
「んだ、ありがたかったで、よぐなったらまず行こうと思って」
「それがよぐねえ。まーた悪くする元だっつうんだ。仕事も、すこっしっつやんなきゃなんねえで」
「はあ、わがったで、あんがとさん」
「じゃ、大事にな」
どうやら惣助に声を掛けたのは、惣助が伏せっていた時分、その世話をしていた「おみつ」という娘の爺様だったらしい。お小言と甚平屋のすすり団子をもらったので、惣助はずっと身を屈めてお辞儀をしていた。
惣助は家に帰ると、薪に火をつけてその上に鍋を乗せ、爺さんからもらった椀の中身をあけた。
汁を温めている間に、たらいに水を汲んで足と手、それから顔を洗う。それを新しい手拭いで拭いてから、焚き火の前に戻ってきて、椀に汁をよそって手を合わせた。
湯気の立ったあつあつの汁はとろりとして、小豆の深い味わいと小気味よい舌ざわり、それからほどよい塩気があり、旨かった。
中にころころと入れられた丸い餅も食べごたえがあり、惣助は食べ終わると嬉しそうに温まった腹をさすって、それからちょっとだけ俯く。
おそのの顔が浮かんだ。おそのはいつも鍋をかき回し、餅を入れて火で温め、それを椀に注いでは客に渡す。そうしてにこっと笑ってくれる。
惣助はまだ、甚平屋で団子一つ食べたことはなかった。狭い土地しか持たない小作人の苦しい身分では、それはとても難しい。
「ありがとうさん…」
惣助は目を潤ませ、それを慌てて拭うと、急いで布団にくるまった。
体を患えば庄屋も食べ物を差し入れ、村の女房たちやその娘が世話をしてくれる。それは惣助が良い働き者だったからである。そんな惣助に、ある日大きな分かれ道が訪れる。でも、本人はそんなこととは知らぬままで、それに、惣助にとっては、ああするしか無かったのだ。
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作品名:おその惣助物語(五話まで) 作家名:桐生甘太郎