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短編集80(過去作品)

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要領が悪い




                要領が悪い


「お前は本当に要領が悪いな」
 友達に言われてうな垂れる竜田裕彦の姿は、傍から見ると情けないだけであった。中学時代の竜田であれば、そんな人を見ただけで、
「あんな大人にはなりたくないよな」
 とあからさまに大声で言うようなタイプの男だった。思ったことを口に出さないと気がすまない性格で、黙っていることでストレスを溜めたくないと常々思っていた。
 小学生時代から無口で、人を前にすると何も言えなかった竜田は、物事を深く考えることが多かったからだと思うようになったのは、中学に入ってすぐだった。
 友達というものが、その人の性格を変える。必ずしも人の影響を受けやすいとは思っていなかった竜田だったが、人によるということを思い知らされたのもその頃だった。あまり人と喋ることをしない友達がいたのだが、なぜかまわりの人望が厚かった。確かに成績もよく、勉強を教えてもらうにはもってこいの人物だが、それだけで、無口な人間があれほど人からの相談を受けるなど、竜田には信じられなかった。
――何かあるんだ――
 自分から友達がほしいなどと思ったのは初めてではなかっただろうか。それまでは、友達などできないだろうし、ほしいと思わない。それが痩せ我慢だったことを教えてくれたのも彼だった。
 名前を上野勇作と言った。上野とは小学校三年生の頃から同じクラスだったが、意識したこともなかった。自分を意識していない人まで意識する術があるわけでもなく、きっかけがなければ話すはずもない相手だった。
 きっかけなんてその辺りに転がっているものかも知れない。ふらりと寄った本屋で、立ち読みをしていて、隣で読んでいたのが上野だった。小学生が読むような普通の漫画の本、そんなところで一緒になったのだが、まったく違う人種だと思っていた上野を見かけた時の何とも言えない不思議な気分、前にも味わったことがあるようだが、得体の知れないものだった。
「上野君じゃないか?」
 上野は気付いていたのだろうか。覗き込むようにしている竜田を横目に見ながら驚いている様子でもない。
「やあ、竜田君、偶然だね」
 あくまでも表情が変わらない。却ってきょとんとしてくれた方が、どれほどリアクションがしやすいだろう。どんな顔をしていいか分からないまま見つめていた。さぞかし、傍から見れば滑稽な表情だったに違いない。
「君はいつも表情が変わらないね」
 いきなりこんなことを聞いては失礼かも知れないと思いながらも、聞きたいことを聞かないではいられない性格がこんなところで出る。しかし、上野の表情に何ら変化は見られず、
「そうかい? ただ、表情が貧困なだけだよ」
 言葉の使い方も巧みだ。実に粋な返答に思える。その言葉がきっかけだっただろうか、しばらく表で話をした。秋も深まった公園で、爽やかな風が吹いていた。
 夕日が西の空に沈みかけていた。遊んでいた連中は帰ってしまったようで、ブランコが風の影響か、さっきまで誰かを心地よく揺らしていたがごとく、静かに揺れていた。
「竜田君はあまり人と話さないようですね」
 あらたまってベンチに座ると上野は敬語になった。別にいやらしさを感じることもないので、普通なら言うであろう「敬語はいらない」という言葉を発する気になれなかった。
「うん、何を話していいか分からないっていうのがあるのかな? 人によって態度を変えるのも嫌な気がするし」
 竜田の父親は金融機関に勤めるいわゆるエリート社員だ。子供に対しても妥協を許さない態度は、いかにも厳格な父という雰囲気を醸し出しているが、堅苦しくってたまらない。それを見ている母親もとにかく厳格で、型に嵌ったこと以外をなかなか認めようとしないところがある。そんな両親に一方ならぬ反発心を抱いている竜田だった。
「君にはどこか頑なななところがあるような気がするね」
 いきなり言われてドキリとした。
「頑なとは?」
「妥協を許さないところがあるわりに、自分の中で納得できないところをたくさん持っている。だから、それを表に出すのを戸惑っているように見えるんだ」
 まさしくその通り、目からウロコが落ちそうだが、そこまで言われると、自分の顔が真っ赤になっていくのを感じていた。それこそ、どう言い返していいか分からない。
「そうかなあ。自分では分からないものだよ」
 視線を逸らしているが、上野の視線も気になってしまう。
 実は分かっているのだ。上野の言っていることが分かっていてどうにもならない自分がいる。判断力に欠けるというべきで、何から手をつけていいのか分からない。
 リーダーシップの取れるような人間でないことは分かっている。子供の間でも、分かるもので、リーダーにふさわしい人は、身体から滲み出てくるものがあるのだ。
 厳格な父は、そんな竜田にリーダーシップを求めているようだ。名の通った一流企業に勤めている父ではあるが、実際に家に帰ればどこの父親とも変わらないくせに、威張っているのが耐えられない。威厳は感じるが、どう見ても「お山の大将」にしか見えない。
 そんな父によく母もついていってるものだ。感心していたが、決して母も納得の元ではないようだった。
 何かあるたびに、
「お父さんにまた言われるわよ」
 というセリフを聞かされ、耳にタコができそうだ。
「あんたの意見はどうなんだい」
 心の中で叫んだが、もちろん声に出すことはない。自分から決して意見を言わない母は三くだり半で謙虚に見えるが、それは他人から見てそう感じるだけだ。子供の竜田から見れば、母親として悲しいだけだった。
 だが、そんな母親が竜田は大好きだ。ひょっとして母親としてというよりも、一人の女性として憧れていたようにも思う。それも竜田にはウスウス分かっていた。分かっていてそんな気持ちを認めたくない。
――お母さんは母親じゃないか。血が繋がっているんだぞ――
 誰にも知られたくないという思いから、無意識に人との会話を拒んでしまう。まわりに対して無口で、会話に参加できない理由の一つがそこにある。
――マザーコンプレックス――
 通称「マザコン」という言葉が似合うのであろう。決して認めたくない言葉だった。
 上野の言った、
「妥協を許さないところがあるわりに、自分の中で納得できないところをたくさん持っている。だから、それを表に出すのを戸惑っているように見えるんだ」
 という言葉が、頭から離れない。自分の中での納得できないこととは、自分でも分かっているのにどうしようもないこと、つまり、母親への気持ちの強いことである。
 次第に性格が母に似てくるのを感じていた。親子なのだから当たり前のことなのだが、それが、悔しい。
――血がつながっていなければよかったのに――
 などと罰当たりなことを考えては、すぐに自己嫌悪に陥ってしまう。完全に一人の女として見ていることを知ったのは、小学生の高学年からであろうか、女性に興味を持ち始めるのが遅かった竜田には、その頃他の女性が目に入らなかった。
作品名:短編集80(過去作品) 作家名:森本晃次