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短編集80(過去作品)

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 佐竹が言っていた。最初は冗談だと思っていたが、
「哀愁を感じるって言いますか、同じ情景を同じように描くところに哀愁を感じるんですよね」
 とんちんかんな発想だが、なぜか頷いてしまう自分がいる。
 母は楽器が得意だった。父はそんな母を尊敬していたようだ。
「俺には楽器なんて才能ないからな。だけど、小さい頃には好きで小説を書いていたんだよ。出版社に送ってみたこともあったけど、突っ返されたよ」
 笑いながら話していた。その話をしたのは両親が離婚してからすぐのことだった。父親の話している顔は虚空を見つめていて、思い出を懐かしんでいるのか、苦しんだ離婚までの過程を思い出しているのか分からなかったが、穏やかな顔をしている。
――そんな父が――
 不思議で仕方がない。
 きっと、家族以外のことで何かあったのだろう。思い切り裏切られる何かがあったように思える。
「最近、夢を見ると、昔のことばかりだよ。お前がいて、お母さんがいて、俺がいて……」
 その言葉は、まさしく夢の中の主人公を見ている自分のセリフだった。
「お母さんのように、両方の手で同じことができればよかったんだが……」
 今思い出しても、この言葉が印象的だ。
 思わず、両手を開いて見てみる。左右対称の両手を見ていると、
――これが自分の手だろうか?
 と思うほどドス黒く、ゴツゴツした手である。父親の手を見ているようだ。その瞬間から、園部は自分の中にいる父親が永遠であることを悟った。それまでは、分からないように気配を消していたのではないかと思えるほどだった。
――父さんも、今の自分と同じように同じ一日を繰り返していたのかな?
 そう思ったある日から、毎日を繰り返しているように思えてならない。
「ついに江崎省吾の写真が見つかりましたよ」
 そう言って、佐竹が写真を見せる。その写真はモノクロで完全に色褪せているが、女性と子供の写った家族写真である。母親の手に抱かれている子供に一番最初目が行った。まさしくその写真は、園部自身ではないか。
 父を自殺に追い込んだ原因の一つがそこにあったのかも知れない。突っ返しておいての出版社の裏切り、それは今の園部には痛いほど分かる感情だった。
 家族のことにしてもそうだ。本当はこの写真のように、仲むつまじい家族だったのではないだろうか? ちょっとした誤解から生じた溝、それがトラウマとなって父や自分を苦しめた。父はそれにも耐えられなかった……。だが、自分は夢の中で、本当は仲のいい家族だと真実を見つめていたように思う。
 夢の中の母も、園部の中で永遠になっていたのだ。
 その写真を穴が空くほど見つめていると、やっと繰り返している一日から抜けられるような気がしてきたのだった……。

                (  完  )


作品名:短編集80(過去作品) 作家名:森本晃次