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短編集80(過去作品)

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 どういう時なのか分からないが、母親にどうしようもなく“女性”を見ることがある。普段あまり和服を着ることのない母が、たまに和服を着て出かけるのだ。和服から見えるうなじに女性を感じ、さらに、和服の母を見ることで、洋服を着ている時に見せるプロポーションに今まで感じたことのない淫靡なものを感じるのだった。
 淫靡などという言葉も知らなかった頃、母親にそんな特別な感情を抱く自分が、とてつもなく嫌だったにも関わらず、母の姿を見ている時の自分がいとおしいと思うようにもなっていた。
――二重人格ではないだろうか?
 そんな気持ちにもなってくる。だが、それはずっと考えていたことでもあった。
 いつも何かを考えているわりに、気持ちを表に出すことがない。次第にまわりを冷ややかに見ていることに気付くが、人との交わりがないせいで、人といろいろ話ができるような性格なら、きっとまわりに気を遣うことができるだろう。
 母の性格もおおらかで、あまり人に気を遣うタイプではない。だが、それが母にはよく似合っていた。友達の間でも時々とんちんかんなことを言うらしく、まわりがきょとんとすることがあるらしいが、
「竜田さんって役得よね」
 という言葉を近所の噂で聞いたことがある。竜田が近づいてくるのを見て急に黙り込んだので、あまりいい噂ではないことは分かっていた。大体話の内容は分かっていたが、当時あまり母に対していい噂を聞いていなかったからだ。
「竜田さんの奥さんって、不倫しているみたいよ。いやぁね」
 初めて聞いた不倫という言葉、友達に聞くわけにもいかず、わざわざ図書館の大きな辞書で調べてみた。大人に分かるような難しい言葉で書かれていて、詳しくは分からなかったが、却ってホッとしたように思えた。ハッキリとした言葉で理解してしまえば、今後母に対して、その言葉どおりのイメージしか持たなかったはずである。
――結局俺はマザコンなんだ――
 どんな角度から考えても得られる結論はそれだけである。
 母が汚らしいものに見えてしまうのは仕方のないこと、それが思春期の時期と重なれば尚のこと、竜田の日頃の行動から少し自分を見る目の鋭さに戸惑いを見せているようだ。
――そんな悩ましい目で見ないでくれ――
 心の中で叫んだ。戸惑いの目は悩ましく、多感な時期には毒である。見つめられれば見つめられるほど視線を逸らしてしまうが、完全に逸らすことのできない自分に、憤りを感じている。
 本当ならグレていても仕方がなかったかも知れない。それをグレずにすんだのは上野という友達の存在があったからだろう。彼の話は何があっても落ち着いていた。彼とて悩みがないわけではない。現に両親が小学生の時に離婚したという事実があるくらいだ。
 苦しみを乗り越えたあとだから、あんなに落ち着いた余裕を見せることができるのだろう。そう思うことが竜田にとって自分を顧みる一番だと思っている。
 両親はまったく冷え切っていた。離婚するという様子もなく、ただお互いに何も話さず、一緒の空間に存在しているというだけだ。
 元々、絶対の威厳を持っていた父に従う母、そんな夫婦関係だっただけに会話も少なかった。他人から見れば重たい空気が流れていたの違いない。
 次第に家にいることが少なくなっていった。グレるということもなく、一人の時間が増えたのだ。もちろん上野と話す時間も増えたが、やはり一人の時間が圧倒的に増えた。
 自分が二重人格だと気付いたのは、そんな時だった。一人でいて無性に寂しさを感じることがあったり、ひとりの時間がこれほど素晴らしいものだと気付いたりする時もあるくらい、心境がその時々で違う。
 一人でいる時が素晴らしいと思うのは、本を読んでいる時だろうか。あまり刺激的な本を読んだりしない。読みやすい本ばかりを読んでいる。女子中高生に人気のミステリー作家の本を読むのが一番の楽しみだった。
 月に何冊発表するのだろう?
 そう思えるほど作品数は豊富で、それぞれに主人公が違った連作をいくつも書いている。探偵だったり刑事だったり、それぞれの立場で読めるのが面白かったのだ。
 ちょうど時代劇が好きな更年主婦などのような、「水戸黄門派」あるいは「遠山の金さん派」とでもいうべきか。
「弱いものを助け、悪を懲らしめる」
 という、日本人独特の美学がもてはやされるように、中高生にも独特な感覚がある。美学というには少しニュアンスは違うが、軽い気持ちで読めるテンポの速いストーリー展開に酔っているというのが実際だろう。
 入り込める世界があるということは素晴らしいものだ。集中して読んでいると辛いことも時間が解決してくれることを教えてくれる。しかも、時間の経過が読破するという目標に向かうことで充実したものになっていることにも感動している。それだけ今まで漠然と暮らしていたことを思わせる。気持ちに余裕というものができてきた証拠だろう。
 一人でふらりと旅に出たのも中学の頃が初めてだった。友達の中には数人で出かける連中もいて誘われたことがあったが、断ってきた。人と一緒にいては自分の思ったと通りの行動ができないからで、余裕を感じるために出かける旅行とは主旨が変わってくるのだ。
 ゆっくりと鈍行に揺られて出かける旅行。ユースホステルなどを使えば、お金もかけずにいろいろ回ることができる。そこでできる友達は、まったく知らない連中なので、彼らとはすべてが新鮮なはずだ。出会いを期待しての旅でもあった。
 旅行先での友達とは帰ってきてからも友達だ。毎日会っていないことが新鮮で、近くの人でもしょっちゅうは会わないようにしていた。それは男性に限らず女性でもそうであって、女性というものに興味を持ち始めていた自分が信じられなかった。
 知り合った中に美佐子がいた。
――須藤美佐子――
 彼女の名前を聞いた時、どこかで聞いたような気がすると思ったが、それがいつも読んでいる作家の本に出てくる主人公であることに、しばらくして気がついたのだ。
 竜田は一度読んだ本を後になって読み返すようにしている。だいたい半年経ったくらいで読み直すのだが、最初に読んだ時とは少し違ったニュアンスを与えてくれる。
 しかし、須藤美佐子という主人公の出てくる小説は、最初に読んだ時と同じ感覚だったのだ。半年も経てば半分はストーリーを忘れているので、新たに新鮮な気持ちで読める。だが、この話に関しては新鮮ではあるが、
――懐かしい――
 という思いを一番感じることができる小説である。最初にも同じことを感じた。まったく初めて読んだ小説のはずなのに、前にも読んだような気がして仕方がない。この作家のストーリーに共通して言えることは、同じようなストーリーでも、ハッキリと違う小説だと認識できるところだ。そこが素晴らしく、読者を掴んで離さない理由ではないだろうか。目の前に現れた須藤美佐子という女性は、その小説に出てくる同姓同名の主人公とはまったく違う性格だった。
作品名:短編集80(過去作品) 作家名:森本晃次