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短編集80(過去作品)

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 武雄も彼女との結婚を望んでいたが、それをまわりは許さなかった。武雄の年齢がまだ若いというのが理由だったが、結婚願望が強い女に通用するものではない。必死に食い下がったが、どういっても精神論になってしまい、経験の深い大人の言葉に叶うわけがない。理論で責められれば太刀打ちできず、彼女との板ばさみになったことで、愛想を尽かさせることのなった武雄はすっかり意気消沈してしまった。少し情熱的な性格が冷め始めたとすればその時だっただろう。
 いや、元々情熱的ではなかったのかも知れない。情熱を口にするには、自分のことを知らなさ過ぎる。
 武雄は自分中心の考えが強いタイプだ。それを最近になって知った。
 結婚できずに別れた後、しばらくは女性と付き合うこともなかった。失恋してそれほど尾を引くこともなかった武雄だが、その時だけは半年間悩んでいた。今から思えば今までの人生で一番悩んだ時期だったかも知れない。
 友達の気持ちが一番ありがたかった時期でもあった。いろいろ慰めてくれたりするのが手に取るように分かるのだが、どう応えていいのか分からない。普段なら思いつくはずなのだが、何とも皮肉なものだった。
 きっと皆も同じような思いをしたのだろう。そんな時に同じようにまわりの暖かさが身に沁みていたのかも知れない。さらに、
――自分は乗り越えたんだ――
 という自負が優越感に変わった。見え隠れしているがありがたさに叶うものではない。
 自分の気持ちが落ち着いてくると、女性は何もしなくとも寄ってくる。女性と付き合っていなかった時期が多かったように感じたが、よくよく考えれば悩んでいない時の自分のそばには常に誰か女性がいたように思える。
「あなたのその落ち着いた雰囲気が好きなのよ」
 一人の女性の言葉にハッとした。悩む時はまったく笑顔を見せないが、普段の表情は豊かだと思っていた。喜怒哀楽が露骨に表に出る方で、気をつけなければいけないと思っていたのに、冷静に見えるなど信じられない。
――悩むたびに表情を忘れていくのだろうか?
 そんな風にも考える。いろいろな表情をするのを意識したことなどなかったが、最近では顔の筋肉の硬直を感じるようになった。笑顔が引きつっているようにも思うのだ。
「別れって結構エネルギーを使うものなのよ」
 千尋が話していたことがあった。結婚を考えた女性の顔が瞼の裏に浮かんでは消え、また浮かんでくる。知り合う時に感じるエネルギーは表に向かって発散されるものだが、別れに使うエネルギーはうちに篭るものである。どこにも発散できずに身体に溜まってしまって、まわりが黄色く見えてくるのだ。
――ああ、欝状態からの出口だ――
 そう感じてしまうと、もう身体が反応するように指示が出るのだが、金縛りに掛かっている。
 欝状態からの出口が見えてくる時、予感めいたものがある。
「あっ、来るぞ」
 と思うのだ。長い高速道路のトンネルを抜ける時に感じる予感と似ているのかも知れない。トンネルの中はハロゲンランプの影響か、黄色い色で包まれている。そこに照明があたって、すべての色が黄色に染まりながら明と暗を形成している。欝状態のように明と暗があっても、じっとしているわけではなく、絶えず動いている。
 トンネルの奥から白い光が差してくる。ここまで黄色に染まっていると、出た瞬間には赤を基調とした世界が広がっている。しかし、トンネルの出口に差し掛かった時に見える白い光は、まさしく
――白い閃光――
 である。赤っぽくも黄色くもない。それだけに、出口だと感じることに間違いはないのだ。
 出口を出る瞬間に目の前が閃光でいっぱいになる。それぞれに正反対の世界が存在するとして、その境目が一番激しいエネルギーを発しているのではないか。ぶつかり合いの裂け目のエネルギーが、ひょっとして一番大きいのかも知れない。
 弟にも躁鬱症の気があった。武雄の方が激しかったように思うのは、お互いに同じバイオリズムを辿っていないからだ。兄の武雄が欝の時は、弟が躁状態で、兄が躁の時は弟が欝状態だった。同じような精神状態ならば、相手を見つめることで却って気持ちが増幅してしまうだろう。欝状態の時などは、マイナスの相乗効果を示していたに違いない。
 幸いだったのだろう。もっと自分を惨めに感じてしまっていたら、性格が変わっていたかも知れない。そんなことは想像もつかない。今ですら自分が分かっていないのに、別の人生が広がっているなど、とても考えられるものではない。
 弟にとっても同じような意識があったようだ。お互いにあまり会話もせず避けていたのは、きっと分かりすぎるくらいに分かる相手の気持ちになって考えたくなかったからだろう。少なくとも武雄はそうだったことに最近気付いた。
 武雄にとって一番大きな存在は弟だった。意識をしないようにしようとすればするほど存在が大きくなってくる。
――血が繋がっているのだから当たり前じゃないか――
 考えたって仕方がない。だが、肉親だけに妥協を許さない考え方が、時には鼻につくというものだ。
 弟が失恋したことがあった。あれだけ女性の心を掴んでいると思っていた弟でも女性にフラれることがあるのだ。弟には悪いが安心した。いつもニヒルだと思っていた弟だったが、最初の落ち込みようは半端ではなかった。それでも尾を引くようなことはなかったのはさすがというしかない。
 相手がどんな女性かは知らないが、きっとアイドルのような煌びやかな女性ではなかっただろうか。あくまで想像でしかないが、弟のまわりにはいつも女性がいる。しかし頭に浮かんでくる女性像はアイドルのような煌びやかな女性しかいなかった。
 武雄のまわりにはあまり女性がいない。だが、なぜか女性と付き合わない時期が少ないのはなぜだろう?
 自分ではモテるなどとは決して思っていない。いつも自分のそばにいる女性のパターンは決まっていた。おとなしくて、どこか恥じらいのようなものがあり、決して自分の奥を覗かせようとしない。そんな女性が多いのだ。それだけに、弟のそばにいる女性がまったく正反対の女性に思えるのも無理はない。
 弟が失恋した女性、それは武雄にはとても興味があった。
――一度会ってみたいな――
 と思ったくらいだ。会って、弟のことをいろいろ聞いてみたかった。それこそ嫌っていながら一番意識しているのは弟だという証拠だ。まるで永遠のライバルのように思える。そしてこのままでは永遠に弟を追い抜くことはできない……。
 武雄は弟を追い抜きたかった。ここで立ち止まっていたくなかったのである。
 そういえば弟が甘いものを好きになった時期があった。元々辛党で、甘いものは苦手だったはずだ。
「最近付き合いだした女性が甘いものが好きでね。ちょっと挑戦してみようかなと思っているんだ」
 あまり話さない弟がそんな話を武雄にしたことがあった。その表情は本当に楽しそうで、却って疎ましく見えたが、心の底では何とも微笑ましく思っていた。
「お前が甘いものなんてな、俺には想像できないぞ」
「そうだろうな、何しろ一番本人がビックリしているのさ」
作品名:短編集80(過去作品) 作家名:森本晃次