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短編集80(過去作品)

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「こんな人生、こんな女性・・・」




                「こんな人生、こんな女性・・・」



 山口武雄にとって、相良千尋とはどんな女なのだろう。いきなり目の前に現れたというイメージもあれば、以前から知り合いだったようにも感じられる。一ヶ月ほど前に現れたのだが、最初からなれなれしかったのが印象的だ。それが元々の性格なのだろう、なれなれしくされるのは、嫌いではない。
 身長が百八十以上ある武雄にとって、百五十そこそこの千尋はかなり小さい。一緒に歩いているとかなり目立つはずだが、お互いに気にならない。小柄な方がかわいいと感じていたし、実際に幼さが残る雰囲気は、武雄を有頂天にさせるに十分だった。
 二十歳前半の頃までは女性と付き合いたいと思う気持ちでいっぱいだった。実際に絶えず誰かと付き合っていた。数年付き合った人もいたが、数ヶ月で別れた人もいる。別れる時の心境として、三年付き合った人も、数ヶ月しか付き合っていなかった人もそれほど変わらなかったのは、その時の心境によるものが多いのではないだろうか。女性と別れる時は自分からにしろ相手からにしろ、普段の生活の中での精神状態が似たようなものだったに違いない。
「あなたって、いつも冷静沈着なのね。私だけがこれだけ熱くなっているなんてバカみたい」
 そういって別れを切り出す女もいた。
 別れとはいきなり訪れるものだと思っていた武雄は、付き合っていた女にそういわれて、
――俺って鈍感なのかな?
 と感じてしまう。女心の何たるかなど考えたこともなく、女性と付き合っている時は有頂天だった。
 女にとって武雄とはどんな男なのだろう?
 武雄にとって女とは、気持ちに余裕を持ちたい時にそばにいてほしい存在だと思っている。だから絶えず一緒にいる必要もなく、女性と付き合っている時は、少なくとも寂しさを感じずに済むと思っている。
 本当にそこまで割り切れるわけではないだろうが、女性の存在が次第に大きくなっていく中でも、最初に感じたイメージが少しずつ変わってくるのは、余裕という気持ちに変化しているからだと思う。
 最近の武雄は、生活のリズムがほとんど変わっていないように思えてならない。毎日に刺激がないと言ってしまえばそれまでだが、その刺激自体を求めなくなった。
 女性と絶えず付き合っている頃は、もちろん嫌なこともあったが、刺激がないと面白くないとハッキリ感じていた。生活に疲れなどなく、刺激があることで時間を感じることもなく、疲れをそれほど感じない時期だった。
――若さゆえ――
 その言葉がぴったりだ。
 だが、今はどうだろう? 別に何かを失くしたという自覚があるわけではないが、時間の経過があやふやで、生活にリズムはあるのだろうが、浮き沈みはない。
 波風を立てたくないと思うのは皆同じだろうが、まったくないのも以前なら息苦しかったはずだ。元々貧乏性で自分から動くことを厭わない性格だった。それがいつの間に、「ものぐさ」になったのだろう。
 千尋という女性が現れるまで、実に二年という年月、女性と付き合っていなかった。もちろん、その間に女性経験がなかったわけではない。感情と欲望だけを胸に、手にはお金を握って……。
 だが、若い頃にはあったはずの気持ちを感じなくなっていた。すべてが終わり表に出てくれば若い頃であれば、
「ああ、もったいないことをした」
 金銭的な執着もあったが、それより欲望に負けてしまったことに対しての自己嫌悪のようなものがあったのだ。
――若さゆえ――
 そんな言葉は通じない。あの頃に今のように何も考えないような性格になるなど、考えたこともなかった。落ち着いてきたというのか、淡白になってきたというのか。あまり物事を深く考えず、表情がいつも冷静な人を羨ましいと思う反面、
――自分には絶対にできない――
 と思い込んでいた。
 若い頃に付き合った女性は皆個性的な女性だった。喜怒哀楽が激しく、何かあればすぐに衝突していた。だから全体的に付き合いは長い方ではない。確かに数年付き合った人もいたが、付き合い始めて一年もすれば興奮はすっかり萎えてしまっていた。緊張感もなければ、愛情の何たるかすら考えようとしなかった。それを
――大人の恋だ――
 と思っていた時期があったが、今でもそうだと思っている。
 武雄には弟がいた。雅夫といったが、小さい頃にはよく一緒に遊んだものだ。勉強が好きで、算数のような計算ごとが好きだった雅夫は、いつも考えごとをしているような少年だった。
 兄としてそんな弟を誇らしげに思ったこともあったが、成績が上がるにつれてまわりを卑下するようになっていく弟についていけなくなった。
 弟の性格は、兄を見ていて培われたのかも知れない。兄である武雄は、何をするにも自信がなく、
「何をそんなに気にしているの。あまり気にしすぎると、自分が苦しいだけよ」
 と親から言われていた。
 しかし弟と似たところもあるのだ。物事を深く考えてしまう性格は、
――やはり兄弟だ――
 と思わせるところがあり、自分の考えが及ばないところにすべてに自信が持てない。一つに自信が持てないとまわりに波及してしまい、結局何も信じられなくなることがある。周期的に訪れる自己嫌悪に悩まされていたが、そのことに気付いたのは最近のことだった。
 しかし弟はある意味楽天的だった。それだけに思ったことをズバズバ言ってのけ、そのためにまわりから顰蹙を買ってしまう。そんな弟の態度も反面教師、見ていてマネのできないところである。
「君たち兄弟はよく似ているね」
 と言われるのが二人とも嫌だった。確かに顔はよく似ている。お互いに痩せ型で、背の丈もスラリと高い。性格が似ていると言われているわけではないのに、なぜか気になってしまうのだ。
 弟の好きだというものをことごとく嫌いだといい、とにかく逆らっていた。弟も同じで逆らっている。結局、反発心からお互いの性格が形成されていったと言っても過言ではない。
 弟はどちらかというとミーハーで、そんなミーハーを嫌う武雄と元々趣味も合わなかった。煌びやかで華々しいアイドルが好きな弟に対し、玄人好みするベテラン女優が気になる武雄、自ずと「動」の雅夫、「静」の武雄というレッテルが貼られてしまうのだ。
 弟は女性によくモテた。だが、あまり女に興味のない顔をする。そんな弟をいやみなやつだと思っているのは武雄だけではないかも知れない。
――モテるくせに、ニヒルさを売りにしやがって――
 性格が手に取るように分かった。さすが兄弟なのだと思い知るが、それすら嫌である。
 だが、そんな弟のすべてが嫌いだったというわけではない。弟にもいいところがあり、尊敬しているところもあった。それは思っていても自分にはできないことなので尊敬に値すると思ったのだろう。
 弟はとにかく親を大事にしていた。何があっても親に相談していたり、時には助言もしていた。
――そこまで親に頼っていたら、まるで過保護だ――
 と思ってしまい、どちらかというと厳格な父からすれば一番嫌なタイプのはずなのに、その父から慕われている感じもする。
作品名:短編集80(過去作品) 作家名:森本晃次