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短編集80(過去作品)

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「男性恐怖症に関係あることだね?」
「ええ、父親を激しく憎んでいるし、母も……。思い余ってうちを飛び出したのが去年だったのよ」
 そう言いながら、表情は完全に曇ってしまった。
 竜田と同じような気持ちなのだろうか? 同じ気持ちだと思いながら話を聞いている。
「それって知り合ってから後のこと?」
「ええ、あなたと知り合うことができて、家を飛び出す決心がついたの。あなたを見ていると、自分が吹っ切れるような気がしてくるのよ」
 竜田を見つめる美佐子の目は潤んでいる。自分の存在が、彼女の中にある何かのトラウマを払拭できたのであれば、とても嬉しく素晴らしいことである。一緒に自分の中にある何かのトラウマも払拭できそうな気がしたのも気のせいではないだろう。だが、そのトラウマの正体が分かりそうで分からないのだ。
 美佐子が続ける。
「私、まわりを見渡すことが恐いのよ」
「どういうことだい?」
 間髪入れずに聞き返すが、聞き返した瞬間に、何となく言いたいことが分かったような気がした。
「まわりを見渡すってことは、それだけまわりが私を注目するってことでしょう? そんな状況が無性に耐えられなくなることがあるの」
――やはりそうか――
 竜田にも同じように思うことがある。それも突発的ではなく、周期的に起こることなのだ。それだけに自分が二重人格ではないかと思える証拠で、もう一人の自分の存在を感じてしまう。
「いつも自分の存在を消していたいって思うことあるんですよ。でも完全には消せないんですね」
「それはそうだよ。うるさいのが嫌いで、静かなところに行ったとするだろう? まわりには騒音を出すものは何もなく、ただ、自然な音がするだけ……。でもその自然な音がしている間はいいんだけど、それがまったくしなくなるとどうなる? 耳鳴りだけが残ってしまって、音のない世界の恐ろしさを思い知ることになるんじゃないかな? 何もないってことがひょっとしたら一番恐いことかも知れないね」
「そうなの。だから、存在を消したいって意識があるにも関わらずできないのは、その恐怖心があるからなの。存在を消すことは可能なのかも知れないけど、潜在意識がそれを許さない。まるで夢の世界のようね」
 そういいながら、美佐子は一人ごちた。
 少しおかしな例え話をしたが、それは最近夢で見た内容だからだ。それをすぐに同意見として返してきたということは、美佐子も同じような夢を見ているということのように思える。
「私、静寂が恐いの。暗闇や閉所が恐いのと同じで静寂がとても恐いの」
 その言葉が頭から離れないでいた。
 真っ暗闇の中、蠢く白く光るもの、湿気を帯びた思い空気を感じる。蠢いているものは重たい空気の抵抗を必死で抗っているように見える。水の中でもがいている姿が思い浮かぶのだ。
 次第に目が慣れてくると、白く蠢くものの上にのしかかっているドス黒い物体、光って見えることから分かってきたのだ。それは汗であり、迸る汗が空気をさらに湿気させ、重たく感じさせてしまう。
 不快指数は最高潮だろう。だがそれを肌で感じないのは夢だからに違いない。しかし身体で感じる不快指数よりも、目の前で繰り広げられている光景を見てしまった不快指数の方が何倍も苦しいかも知れない。ずっと頭の中に残って忘れることができなくなってしまうからだ。
 途切れ途切れの吐息を感じる。男の声と女の声だ。想像するだけでたまらなくなってしまうだろうことを、額に汗しながらではあるが、他人事として見ることができるのは不思議であった。興味があるからという言葉だけで片付けられるものではない。釘付けになってしまうだけの理由が存在するのだ。
 男性の方はどう考えても分からないが、女性は明らかに美佐子である。
 嫌がりながらも、確実に女としての悦楽を感じているその表情は、先ほどから続いていることを途中から見ている証拠である。夢だとしてもどうして最初から見ることができないのだろう。想像するのが、恐ろしいのだ。
 今見ている光景も想像するにはあまりにも辛い光景である。自分以外の男性の下での悦楽の表情、そこには、自分に見せた表情と同じものがあるのだ。何が辛いといって、目の前の美佐子の表情を知っていることが一番辛い。
「パパ……」
 その声はハスキーでかすれた声だった。声の出しすぎでかすれてしまったのだろう。疲れ果てたところを男のいいなりに……。そう感じて自分も嫌だった。
 父親に蹂躙される娘、それが美佐子……。
 彼女のトラウマは大きなものだった。きっとこれからも背負っていくことになるだろう。竜田と知り合ってからの美佐子の中で、どれだけ竜田の存在が大きく、そして過去を消すことができるか、それは竜田には分からない。当の美佐子自身にも分からないだろう。だが、知り合えたことを美佐子が喜びに感じているのは間違いない。消し去ってしまいたいと思ったであろう自分の存在を、もう一度確認してみたいと思っただけでも、竜田の存在は大きいはずだ。
――なぜ、そんな夢を見たのだろう?
 まるで見てきたようにクッキリと浮かんでくる夢、夢というのは潜在意識が見せるものなら、いくら夢とは言え何でもありというわけではない。
 もう一つの世界が存在するのではないかということを最近考えるようになった。夢を見ていて感じるのだが、
――前にも同じような光景を見たことがある――
 と思うことがある。そんな時、現実と夢の境が微妙に見え隠れしているように思えてならない。自分の中で存在する二つの世界、夢の中でだけ行き来できるものなのかも知れない。
 夢を見ているからこそ、現実の自分を理解できる。要領の悪いことも、いいことのように感じていたのだろう。せっかく上野という友達の存在で、余裕を持った人生を覚えたというのに、深く考えることだけは、潜在的に残ってしまった。それは、自分の中で、いいことだという認識をさせる何かがあるからだ。それが夢の世界の自分の存在だとは、今まで気付かなかった。
 美佐子にはどうしても自分と同じものを感じる。それが母親を見る目だという気がして仕方がないのだが、違うだろうか? そういえば、美佐子が母親のことを口にしたことがなかった。何か後ろめたいものを母親に対して感じているようだ。
 父親に対しておかしな感情を持っていると聞いただけで、これだけのことが想像できる自分が恐い。母親に対してはどうなのだろう? 何かを言おうとして途中でやめている。思い出すことをやめたのか、思い出したがために言葉が出なかったのか分からない。少なくともその瞬間から、父親に対してと母親に対しての感情に揺るぎないものが形成されたことは間違いない。
――自分よりも相当苦しい思いをしているはずだが、気持ちは同じだ――
 そう考えずにはいられなかった。
 竜田は美佐子を見ていると自分の母親を思い出してしまう。自分を置いて家を出て行った母親ではあるが、会いたくないと思ったことなどない。たえず考えていたのだが、ここ最近忘れていた。きっと美佐子の存在があったからだろう。
作品名:短編集80(過去作品) 作家名:森本晃次