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妖怪の創造

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「不安に感じることが、その幻想だったり妄想にとっては好物だったんだろうね。相手がそう感じてくれなければ、妄想も幻覚もまったく効力がないんだ」
「そんなものなんですか?」
「ええ、人間というのは、一旦悪い方に考えてしまうと、なかなか悪い考えの堂々巡りから抜け出すことはできないものなんです。でも、逆に人はいいことばかりを考えていると、何事もいい方にしか進まないと思い込むことだってあるんです。しかも同じ人がですよ。さらにその二つの両極端な状態が、交互に繰り返されることがある。私は今、そういう精神状態も実は研究しているんです」
「教授は、何を主に研究しているんですか?」
「私は考古学といって、昔の歴史などを出土されるものを元に研究する学問が専門なんだけど、最近では心理学という人が何を考えているかだとか、人の考えが、その人の人生にどのような影響を与えるかと言った学問も一緒に研究しているんだ」
「その二つを一緒に研究していて、混乱しませんか?」
「私の考えでは。この二つは表裏一体なんじゃないかって思うんです。それぞれにどこかに通ったところを見つけて。そこを突破口にして考えていくと、これまで考えられてきたことを覆すこともできるんじゃないかって思ってね」
「ところでですね」
 と、息子の方から少し話題を変えようとする雰囲気があった。
 ただそれは、今話している内容が都合が悪くて変えたいというわけではなく、忘れてしまう前に言ってしまいたいという考えもあったかも知れない。話の内容が今までと少し違っていて、その話を持ち出すタイミングが難しいという考えもあったのではないだろうか。
 息子は続けた。
「実はあの祠の中には一つの箱が奉納されているんですよ」
 と言い出すと、
「ほう、それは興味深いですな」
 と、教授の方も少し乗り気な気分になってきた。
「その箱というのは、その祠の守り神と言われるようなものなんですが、あの祠の中に箱が収められているというのを知っているのも一部の人間だけなんです」
「というのは?」
「あそこに祠が建っている理由として、ほとんどの人が理解しているのは『自殺者の霊を供養するため』として言われています。でも、私たち網元の家系と、一部の人たちの間では、妖怪などの悪霊退散という意味もあるんです」
「なるほど、一部の人というのは、海に引きずりこまれた海女さんの親族縁者の人たちですかね?」
「ええ、そういうことになります。だから、我々網元家系と海女さんの親族縁者は、ある意味固い結束が保たれているんですが、逆に強い拘束でもあります。他の人に知られないようにしないといけないという意味での強い結びつきですね」
「どうしてそんなに秘密にしたいんですか?」
「海女さんの事件が起きてから、ここでの自殺者が増えてきたのは事実なんです。幸い海女さんの事件は我々網元と、海女さんの親族しか知らなかったので、網元の考えで、『誰にも知らせるな』ということになりました。網元というのは、狭い村では領主のようなものです。領主の決めたことに逆らったら、そこでは生きていけません。言いたいことはあったかも知れませんが、海女さんの家族としては何も言えなかったというのが、実情なんじゃないでしょうか」
 確かに狭い村では、ちょっとしたことでもすぐに皆に知れ渡ってしまう。一つのことを秘密にしようものなら、かなりの難しさがある。網元は金の力にものを言わせて強硬にかん口令を敷いたに違いない。
「でも、本当にそれだけなんでしょうか?」
「というと?」
「村人を混乱させないためというだけで、こんなに神経質になるでしょうか? 他にも何かあるのかも知れませんね」
「例えば?」
「例えば、網元のところに妖怪が直接現れて、このことを秘密にするように促したとすれば?」
「だったら、私たち子孫もそのことを知っているはずですよね?」
「いや、実際に現れたわけではなく、夢枕に現れたとして、夢枕という信憑性のないことで強制したなどというと、その大の網元は、臆病な人間として後世に名を遺すことになる。それだけは絶対に嫌だと思ったので、かん口令を敷くことにしたんじゃないでしょうか?」
「そういう考えもありますね」
「ところでその箱には何か秘密があるんですか?」
「何かの箱というと、有名な話としては浦島太郎に出てきた玉手箱が有名ですよね。玉手箱の場合は、『決して開けてはいけない』と言われていたものを開けてしまったために、お爺さんになってしまったというお話でしたよね。でも、この箱に対してはそんな言い伝えは何もなかったんですよ。だから、言い伝えられてから間もなく、誰かによって開けられてしまったんです」
「当時としては、言われてはいなかったとはいえ、おとぎ話などのいくつかの話を考えると、安易に開けてしまうのは躊躇するのでhないですか?」
「本当はそうなんでしょうが、開けたのは子供だったんです。子供にはあそこに箱があることは説明していましたし、別に開けてはいけないと言っていたわけではないので、開けてみようと思った子供がいたのも事実です。でも、これは開けてはいけないという言葉がなかったから、少し遅れたともいえます。もし開けてはいけないと言われていれば、好奇心旺盛な子供であれば、冒険心から開ける子供が出てきたとしても、それは当然の流れだと思います」
「開けてどうだったんですか?」
「開けると、その中には何とまた箱が入っていたんです。少しだけ小さな箱がですね」
「そういえば、箱の重さって、どんな感じだったんですか?」
「そんなに重たいというものではなかったですよ」
「なるほど、箱の中に箱が入っていて、さらに箱が……。いわゆる入れ子になっていたわけですね」
「ええ、だから重さもそんなになかったんだって思います」
「その箱は何重だったんですか?」
「五重だったか、六重だったかと聞いています」
「じゃあ、たぶん、五重だったんでしょうね」
「どうしてそう思われたんですか?」
「それはですね。昔から何かの伝説や宗教などが残っている話に数字が絡めば、ほとんどの場合は奇数であることが多いんです。例えば五重の塔ってあるでしょう? あれは五つというのが代表的なものなだけで、他にも三重塔などもあるんです。場所によっては十三重の塔というところもあるくらいなんです。つまりは偶数という概念はないんですよ。他にもですね、お正月にする初詣ですが、あれもよく『三社参り』などと言われたりしていますが、お参りする時は必ず奇数にするという暗黙の了解があるんです。これは一種の都市伝説のようなものだと思うんですがね」
「それで奇数を推されたわけですね」
「ええ、そうです。私は結構伝説の類も結構聞いていますので、すぐにピンときたというわけですよ」
「分かりました」
「ところでですね。その箱を開けると、何か入っていたんですか?」
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次