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妖怪の創造

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「ところで妖怪というと、いい妖怪と悪い生妖怪がいると思うんだが、君はこの妖怪をどう思う?」
 と、いまさらのようなことを教授が聞いたので、彼は少しムッとした気分になった。
「そりゃあ、海女さんを海に引きずりこんで窒息死させるのだから、悪い妖怪に決まっているじゃないですか」
 と、語気を強めて言った。
 彼の言い分としては、
――さっきの話をちゃんと聞いていなかったのか?
 とでも言いたかったに違いない。
 しかし、教授は落ち着いて、
「いやいや、確かにそうなんだけどね、いい妖怪と悪い妖怪の定義って何なのかって思ってね」
 と聞かれて、今度は彼の気持ちが急に萎えてきたかのように、
「というと?」
 と聞いてみた。
 教授の意見を聞いてみたいという気持ちになったのであろう。
「いい悪いの判断は、僕が考えるに、『人間に対して何か危害を加えるのが、悪い妖怪で、それ以外、つまりは、何もしない、あるいは、何かいいことをしてくれるというのがいい妖怪だ』という定義になると思うんだけど、君の意見はどうだい?」
「その意見には僕も賛成です。でも、この妖怪は明らかに人間を海に引きずりこんで殺してしまったんですよ」
 というと、
「でも、確証があるわけではないだろう? 似たような妖怪を見た。そして数日後に死体が上がった。その死体は海に引きずりこまれて窒息させられたのが死因だ。だから、犯人はその妖怪で、その妖怪は悪い妖怪なんだという論法になるんじゃないかって思うんだ」
「まさにその通りです」
「でも、その時に見た妖怪が本当に彼を海に引きずりこんだ妖怪だとどうして断言できるのかな? きっと皆、『妖怪というのは、そんなに頻繁に見るわけではない』という思いでしょう? それはあくまでも別の種類の妖怪の話であって、同じ妖怪であれば、疑いもしない。それが心理的なあやなんじゃないかって思うんだ。例えば苛めっ子はたくさんいたとしても、苛めている種類に関してはそんなにたくさんはないというようなね」
 という教授の説明を聞いていると、彼の中でも、
――そうなのかも知れないな――
 と感じるようになっていた。
「じゃあ、教授はその妖怪は一種類ではないとおっしゃりたいんですか?」
「一種類かどうかというのは難しいところだと思うよ。例えば人間だってそうじゃないか。人間が他の動物を見ると、同じ種類の動物であれば、すぐにはオスかメスの区別すらつかないだろう? 年齢もまったく想像がつかない。しかし、同じ人間であれば、性別や年齢どころか、個人一人一人見分けがつく。動物に言えることは妖怪にでも言えるんじゃないかな? まったく同じに見えたとしても、性別は違うかも知れないし、年も分からないだろう。ましてや個別には絶対に分からない。そうなると、最初に見たという妖怪と、まったく姿は一緒でも、同じ妖怪だと一括りにできるものなのだろうか?」
「うーん」
 教授の話にはいちいち説得力がある。
 それが恨めしいこともあるのだが、それは自分が何を言っても、理路整然とした理屈で説明されてしまうという悔しさがあったからだ。
――言い負かしてやりたいな――
 という思いが頭をよぎったが。それはあくまでも
「悪戯心」
 ともいえるもので、なかなか自分に反抗できるものではなかった。
 さすがに大学教授であるが、そのことを感じてしまったら最後、永久に自分が教授の理論に勝てない気がして、何とか最後の一線で思いとどまるくらいの気持ちを持っていることに決めた。
 教授はさらに続けた。
「妖怪の寿命というのが分かっていないだけに、君が見たという妖怪の死体だけどね。ひょっとすると百年前に海女さんと出会った妖怪だったり、あるいは、海女さんを海に引きずりこんだとされている妖怪を見ている可能性だってあるんだよね。あくまでも空想の世界なんだけどね」
 という教授の意見を聞いて、
――それも確かにあるかも知れないな――
 と感じた息子だった。
 すると、息子はふと思った。
「あれ? ということは、妖怪から見ても、我々人間は同じものにしか見えていないということなのか?」
「そういうことになるのかも知れないね。同族にしか判断できないものがあるのかも知れない。人間だって性別や年齢以外に、肌の色が違っただけで、年齢、性別までは分かっても、よく似た人だったら、同じ人間なのかどうかなんて、なかなか判別できないものなんじゃないかな?」
「そうかも知れません」
「妖怪から見て、人間をまったく別の種類の生き物だと思っていると、個別に判断はできないでしょうね。ということになると、さっきの話ではないが、海女さんが妖怪に海の底に引きずりこまれたのが真実だとすると、引きずりこんだ妖怪は、その人に自分が見られたと思って引きずりこんだのだとする説は怪しくなってくる。だから、私は思い込みは怖いことだと思うんだよ」
 と、教授は言った。
――教授は最初からこの意見を導き出そうとして、こんな話を持ち出したのだろうか?
 いい妖怪と悪い妖怪、その定義から、人間が別の生物を認識しようとした時には、巣h別すべてが同じに見えて。個別には判断できないという発想をである。
「でも、僕が妖怪の干から伸びた死体を見つけた時に感じたあの感覚は何だったのだろう?」
 と、息子は思い耽っていた。
「ひょっとすると、自分の中にある恐怖心が、妖怪の死体に乗り移り、その死体のまわりにいるかも知れない魂に考えていることが触れたのかも知れない。妖怪は防衛本能から、相手に幻覚を見せたり、妄想を抱かせるすべを持っているのかも知れないね」
「すでに死んでいるのにですか?」
「西洋の神話に、メデューサの首という伝説があるんだけど、その人は女性で、頭髪は無数のヘビであり、勇者ペルセウスによって退治されたことになっているんだ。見るモノを石に変えてしまうと言われる力を持っていて、その力は『死んだ後でも効力がある』と言われたんだよ。だから首を切り落とされても、首を持っているペルセウスが海の怪物を退治する際にでも、石に変える力があったとされるんだ」
 と説明してくれた。
 息子には少し難しい話ではあったが、
「死んでも効力を発揮する魔力がある」
 という部分だけは理解できた。
 ただ、これは外国の神話だから言えることで、日本ではどうなのか少し気になるところではあったが、神話の世界にもいくつもの国ごとに種類はあるのだろうが、しょせん人間の発想なので、もし、どこかで突飛な発想が生まれているとすれば、それは日本であっても同じ発想が生まれないとは限らないと思えるのではないだろうか。
「その幻覚なんだけどね。本当にまわりの人が別のソックリな人と入れ替わっていると思い込んでいたの?」
「ええ、心の中では『そんなバカな』と打ち消してはいるんですが、次の瞬間には、また考えが幻覚を見てしまっていて、堂々巡りを繰り返してしまっていたんです。このままだったら、永遠に抜けることのできない底なし沼にでも落ち込んでしまったのではないかと思えて不安で仕方がなかったんです」
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次