小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

妖怪の創造

INDEX|7ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

「その人がまだ若く、網元というにはまだまだで、いわゆる『若旦那』と言われていた頃のことですが、その人には妹がいて、その妹は実は偽物で、ソックリな化け物と入れ替わっているというような妄想です。次第に妹だけではなく、両親にも抱くようになった。そのせいもあって、一時期完全に家の中に引きこもってしまって、家族を大いに心配させたというのですが、ある日網元の元締めがどこかから祈祷師のような人を連れてきて、祈祷をしてもらったというのです。それで何とか幻覚や妄想はなくなったのですが、その祈祷師がいうには、『おぬしは妖怪の死骸を発見し、それを誰にも言わずに処分したであろう? それが今回の呪いに繋がったのだ。だから、供養をする必要がある』と言われたというんです。だからあそこに祠がありますが、あの祠は実はその人が建立したもので、自殺者を弔うというよりも、干からびた妖怪を供養するという理由も隠されているんですね」
 と言った。
 教授は、その話を聞いて、
――どこかで聞いたことがあるような話だな――
 と感じた。
 その後の研究で、このような幻覚や妄想のことを「カプグラ症候群」というのだが、実際に発表されるのは、大正のこの時代よりも少し後になるのだ。だから、この時は誰からも発表されているわけではない現象であったが、教授がどこかで聞いたことがあると思ったのは、ただの勘違いだったということだろうか。
 だが、教授にとっても、この話はセンセーショナルな内容だった。何が原因でそんな精神状態になるのか分からない。本当に妖怪が存在し、死んだあと、いや、死体を見たということで効力を発揮する魔力の類となるのであろうか。

                  箱の正体

 教授は見た目は冷静さを装っていたが、精神的にはかなり興奮しているようだった。その日は、まず断崖絶壁での研究を行い、そして夜になって、
「村人には知られたくない」
 という意味深な言葉を残して、自分の宿までわざわざ訪ねてきてくれた網元の息子の話を聞くと、
―ー妖怪の死体を発見した人が、一種の精神疾患のような状況に襲われている――
 という事実を聞いたことで、教授の中でまだ一本に繋がってはいないが、いくつかの材料をジグソーパズルのピースのように一つ一つ積み重ねていくことが、今の自分で責務であり、それができれば、一つの大きな発見に繋がると思った。
 だが、実際に一つ一つを考えてみると、信憑性の高いものと低いものとでかなりの差があるようだった。
 すると、少しして話にさらなる展開があった。網元の息子はこの期に及んでも少し躊躇いがちに話し始めた。
「実は、この妖怪伝説は私の先祖だけではないんです。これは村人も皆分かっていることだとは思うので、別に口外していただいても構わないと思うのですが、私の先祖が見た妖怪と同じ種類ではないかと思うような妖怪を、同じ頃に海女が見たという話なんです」
「その海女さんが証言したんですか?」
「ええ、何か子供のような姿の生き物が海を縦横無尽に泳ぎ回っていたというんです。しかも息継ぎすることもなくですね。そして不思議なのことにその子供は裸だったんですが、身体はまるでカエルのように、緑一色だったというんですね」
「なるほど、じゃあ、ご先祖様が発見した妖怪の死骸というのも、緑一色だったんですか?」
「ええ、そうなんです。でも、海女が見たという妖怪が本当に緑一色だったかということは、話を聞いた人たちによっていろいろ言われたものだから、信憑性がどんどん薄くなってしまいました。だから、幻でも見たんじゃないかということになって、その話は伝わっているかも知れないけど、信憑性のない話として伝わっていると思います」
「そうですね。海の中ということになると、光が反射して、ハッキリとその色だったように見えても、錯覚で片づけられてしまうかも知れませんね」
 教授にも彼の言いたいことが伝わったようだ。
「ええ、その通りなんです。でも怖い話はまだ続くんですが」
「というと?」
「その海女さんは、それから少しして死んでしまったんです。しかも彼女が発見された場所というのは、彼女が妖怪を見たと言っていたちょうど、その場所だったんです」
「流されもせずに?」
「ええ、藻が絡まったかのようになっていたようなんですが、彼女には外傷がまったくなかったことで、どうやら、藻に身体が引っかかってしまったことで窒息したのではないかという事故死のような形で処理されました」
「じゃあ、妖怪と彼女の死に何も因果関係はないとされたんですね?」
「もちろんです。昔のことですから、お役人に妖怪の話などできるはずもなく、状況からしても事故死の可能性がかなり高かったので、当然そうなったんでしょうね。でも私の先祖はその前に妖怪の死骸を見つけている。その人だけは少なくとも妖怪の存在を信じていたと思うんですよ」
「そんなことがあったんですね」
「ええ、江戸時代のことですけどね」
 と網元の息子はいうと、お互いに黙り込んでしまった。
――考えれば考えるほど、妖怪の存在を認めないわけにはいかない気がするんだよな――
 と、教授は考えた。
 元々教授は妖怪というものを完全に信じてはいない。それだけに材料をたくさん集めようと思うのだが、材料というものは、数が多ければ多いほどいいというものではない。似たような話でもまったく違う道筋を立ててしまう可能性のある話だってある。集めた情報をいかに取捨選択して洗練させるかというのは、第一段階での作業ではないかと教授は考えた。
 妖怪については、最近研究を続けている知り合いの教授といろいろ話す機会もあったので、それなりの知識は持っているつもりだった。
 妖怪の死骸を発見したという話は、知り合いの教授から聞いていた。その例としては、見つけた妖怪の死骸は、やはり干からびていて、身体の中の水分はすべて抜かれているというものだった。
 そもそも、妖怪に人間のような血液が存在しているのかどうかも疑問であったが、少なく十血液のような身体を形成するうえで必要不可欠な体液は存在しているはずだというのである。
 この意見には、教授も賛成だった。
「体液が全部抜かれているから、死んだということだけど、その場で放置されて、簡単に人間に発見されるというのは、少しおかしい気がするんだよな」
 と教授は知り合いに話した。
「その意見はよく分かる。俺も同じことを感じているからな。だが、妖怪というのが集団で行動していて、何かのっぴきならない緊急事態に陥ったとして、その時、逃げ遅れた一匹の妖怪が、何かの原因で、いや、それが緊急事態の元凶なんだろうが、そのせいで体液をすっかり抜かれてしまったとすれば、妖怪と言えども皆自分が大切なので、必死で逃げてしまったことで、死んでしまった仲間を放置するしかなかったとすれば、それなりに信憑性のある話ではないだろうか?」
 というのだった。
「確かにそれは言えるよな」
 教授も賛成したが、人間の想像を絶する緊急事態というのがどういうものなのかを想像してみたが、できるわけもないと思い、すぐに断念した。
 そういう意味でも教授は妖怪に興味を持ったというのも、過言ではないだろう。
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次