妖怪の創造
といい、研究員の感嘆を得られた。
研究員としても毎日研究に勤しんでいるだけで、楽しみなど後回しにされていただけに、久々に宴会ができることを素直に喜んでいた。だから、
「私は来客の準備があるので、先に帰る」
と言った時も、
「お疲れ様です」
と誰もが言い、教授の行動に異議を唱えるものは誰もいなかった。
宿というのは、村から少し奥まったところにある宿で、そこはこの地域の中心的な街になっていた。鉄道も繋がっていて、都会からも仕事や観光に訪れる。特に近くにある温泉では全国的にも効能が有名なため、来訪客が多かった。観光だけではなく、湯治でも客が多いことから、老若男女と世代、性別関わらずに来訪客はどの季節も安定して多かったのだ。
宿にも温泉から湯が引かれていて、宿も盛況だったようだが、ちょうど時期的に一番寂しい時期に当たるようで、この大学研究の団体客がいなければ、客は一週間に数件と、寂しいものであっただろう。
予約を入れた時の電話口での宿主の声を予約を入れた研究員は今でも覚えている。
「本当に歓迎されているんだな」
と感心したほどだった。
宿をここに決めてよかったと思った研究員は、教授に誇らしげに宿が決まったことを報告したものだった。
教授を一人にして、いよいよ研究員たちの宴が始まった。普段は厳格な教授の元で日夜研究に明け暮れているので、たまに許可の出る宴会は、彼らにとっては最高のストレス発散だった。隠し芸のようなものや、下手な歌だったりと、宴はあっという間に華やいでいるようだった。
教授は一人自室でその日の研究をまとめた書類に目を通していた。研究の書記は専門の人がいて、その人の達筆さは、少し癖のある字であるため、慣れるためには少し時間が掛かる。そのおかげで誰かに盗み見られても解読に時間が掛かるので、そういう意味ではありがたいというべきだろう。教授は鳴れているので、すぐに読破することができた。
と言っても、そのほとんどは周知のことなので、本当に復習程度のことだった。それでも一度落ち着いてから見ると、情報収集中であれば気付かなかったことに気付けて、新鮮な気がしてくる。
そうやって書類に目を通していると、ほどなくして息子がやってきた。
「先生、お客様です」
そう言って女中が取り次いでくれたので時計を見ると、約束の時間ピッタリであった。
自分の感覚では約束の時間を五分くらいオーバーしているような気がしていたが、実際には時間通りだったのだ。それだけ書類に目を通して気を落ち着かせているつもりだったが、想像以上に興奮状態だったのかも知れない。
女中に導かれて現れた息子は、先ほどよりも表情は落ち着いているように見えたが、落ち着きすぎていて、少し怖いくらいでもあった。その表情の真意がどこにあるのか分からないまま、教授は彼を部屋に招き入れた。
「やあ、いらっしゃい。他の連中は宴を催しているので少しうるさいかも知れないが、そのあたりは勘弁してくれたまえ」
と、親近感のある挨拶をした。
「え、いえいえ、お招きいただいてありがとうございます」
「じゃあ、一献やりながらでもお話しましょうか?」
「そうですね。ありがとうございます」
「君はいける口なんだろう?」
と教授がいうと、
「そんなことはないです。チビリチビリやりますよ」
という息子に対して、
「それはありがたい。私もそんなに強い方ではないので、お互いに気を付けながらやりましょう」
と言って、教授は手を二回叩いた。
すぐに熱燗が届けられ、
「ささ、どうぞ」
とお互いにお銚子に一献注ぐと、同時に一口呑みほした。
「これで、少し緊張がほぐれましたかな?」
と教授がいうと、
「ええ、気分的にだいぶ違います」
と言って、笑顔を見せた。
「さっそくですが、村人にも知られたくない秘密というのは何なんですか?」
と教授はいきなり核心を突いた。
「実はですね。この村には妖怪の伝説が残っているんです。妖怪伝説というのは、他の村にも似たようなものがあるようなんですが、この村に残っている伝説には、信憑性があるというところが他の村とは違うところです」
「というと?」
「あれは、百年くらい前になるでしょうか? 私の何代か前の網元の元締めだったんですが、その人がちょうど私くらいの年齢の時に、妖怪のようなものの死体を見つけたというんです。それはどうやら子供の死体のようで、身長も十歳未満の子供よりもさらに低かったと思います。その死体は干からびていて、顔などはほとんど判別ができなかったと言います。ただ、外傷は何もなく、自然死だったのか、それとも空気が合わなかったのか、とにかく発見した先祖は怖くなって、それを村の奥にある洞窟に隠したといいます」
「その洞窟というのは?」
「今は跡形も残っていませんが、どうやら、先ほど行った断崖絶壁の真下の岩場に横穴があって、そこから入れたようなんです」
「どうして今は残っていないんですか?」
「このあたりに、八十年くらい前に大地震があったらしいんですが、津波が押し寄せて、横穴を塞いでしまったということなんです。これは代々網元にしか伝わっていない話なので、誰も知らないはずのことなんです。だから、先ほど他の村人には知られたくないと申し上げた次第なんです」
「なるほど」
と教授は一度頷くと、少し静寂の時間が訪れた。
微妙な空気の中時間が流れると、今度は教授が話し始めた。
「ところであなたは、あの自殺の名所というか、死体が頻繁に上がるあの断崖絶壁と、その時発見された妖怪とが何か関係があるのではと思っているわけですね?」
「ええ、あそこに祠があるのも、きっと何か妖怪に関係があるような気が私はしているんです。本当は大学の教授にこんなことを言っても信じてもらえないと最初は思っていたんですが、お話をしているうちに、聞いてもらいたいと思うようになったんです。それも最初は徐々に、そして自分の中で確信に変わったんです」
「それだけあなたが一人で抱え込んでいた気持ちが大きかったということも言えるんでしょうね。欲求不満は解消しないといけませんからね」
「ええ、そうなんです」
「その頃の何か逸話のようなものは残っていないんですか?」
と教授がいうと、
――待ってましたーー
とばかりに彼は話し始めた。
「実は、これは妖怪を発見した先祖の話らしいんですが、どうやら、その人は妖怪の死体を見つけてから少しして、幻覚を見たり妄想に捉われるようになったというんです」
「それは何か信憑性があるんですか?」
「書物で残っているというわけではないんですが、私たち網元の家では伝承されてきたことなんです。口伝えに伝わってきたことですね」
「その幻覚や妄想というのは?」