妖怪の創造
と、網元が言った。
「それなら、他の村にはここに来る前にいくつか行きました。私が興味があったのはこの村だったので、まずは土台から組み立てておこうと思い、まずは他の村に聞いてまわったんですよ」
と教授は答えた。
「それで何か分かりましたか?」
「ええ、興味深くですね」
「私たちは隣村とはあまり話をしないので、向こうの村でどんな伝説が残っているかなどということはほとんど知らないんです。でも、私が思うに意外とどの村にも似たり寄ったりの話が残っているんじゃないかって感じます」
当たらずとも遠からじと言ったところであろうか、網元の話は意外と的を得ているところが多いと教授は感じていた。
「それにしても、ここでの無縁仏というのは、結構多いようですね?」
「ええ、この村の人間ではない人だったり、中には顔がつぶれていて、誰だか分からない死体もあるんです。その人も誰だか分からないので、しょうがないので無縁仏として供養させてもらっています」
「墓地はどこにあるんですか?」
と聞かれて、網元は少し躊躇したが、
「私の家の奥に細々と葬っています。この村は土葬が習慣になっているんですが、無縁仏の場合はどうしても敷地の問題があるので、火葬にします。骨だけになったところで、皆一緒の場所に安置します」
「なるほど」
教授は、網元の息子がさらに何かを言いたげなのを察知していた。
「他には?」
と聞かれて、さすがの網元の息子も看破されてしまっていることに気付き、隠し通せないと思ったのか、少しずつ口を開いた。
「実は、この村では、いやこのあたりの村ではというべきなんでしょうが、火葬は不吉だと言われているんです。なぜかというと、火葬にしてしまうと、身体が亡くなってしまうので魂が彷徨ってしまって、それが霊として生きている人に災いをもたらすと言われています。だから火葬にすることは秘密にしていましたが、明治時代の中期くらいから、そんなのは迷信だから、余計な風潮をこれからの時代に残すのはやめようと言い出した人がいたらしいんです」
「なるほど、勇気がありますね」
「ええ、でもその人の発想は時代が早すぎたのか、他の人に受け入れられなかったようです。まわりからは無視されるようになり、村八分にされてしまい、最後には……」
またしても、そこで口籠ってしまったが、教授が最後の言葉を代弁した。
「その人自身がここで自殺した?」
「ええ、死体は入り江に流れ着いたんですが、これも不思議なことに、あの断崖から身投げしたにも関わらず、遺体は実に綺麗なもので、それほど傷はついていなかったそうなんです。それでもさすがに身投げですから、無傷と言うわけにはいきませんでしたが、あんな高いところ飛び降りたにも関わらず、これだけで済んだのは奇跡だと言われました」
「ひょっとして、他で死んだのではないかと言われたりはしませんでしたか?」
「はい、あまりにも綺麗だったので、死んだ場所が違ったのではないかと疑われましたが、履物もちゃんとあの場所に揃えられていたし、何よりも中途半端ではありましたが、傷があったことで、普通の死に方ではなかったのは間違いないんです。だから、本当に奇跡的に綺麗な死体だったんだということで処理されたようです」
「うーん、不思議な話ですね。その人にとって、あの場所でなければいけなかったんでしょうね」
「村人への恨みからでしょうか?」
「そうかも知れないですが、それよりも、彼はここから飛び降りることで、何かを証明したかったのかも知れませんね。ひょっとすると、自分の死体に傷があまりつかないということを分かっていて身を投げたのかも知れないですね」
というと、まわりで聞いていた人たちも、網元の息子も、一斉にゾクッと背筋を伸ばしているようだった。
「彼は無縁仏ではなかったので、当然、この村で荼毘に付されたんですよね?」
「ええ、皆気持ち悪がって、葬儀もまわりでお金を出し合って結構盛大にやったそうです。そして彼が持っていた形見となった品が対になっているものだったので、形見分けのような形で、それをこの祠に奉納しているんです」
「それは何ですか?」
「銛なんですが、それは一本の鏃ではなく、横にさらに二本ついた、三本の鏃なんです。一本は代々伝わるものだったようで、そちらを奉納しました」
「じゃあ、もう一本は?」
「彼の家はそこで途絶えてしまいましたので、私の家、つまり網元が代々受け継いできました」
「それをご使用になっているんですか?」
「ええ、それを使って漁をしています。かなり昔のものなのに、まだまだ現役で使えるなんて、すごいものだって、親父は言っていました」
「何かまだ釈然としない思いがあるんですが、他に何かありませんか?」
と言われて網元の息子はまた躊躇したようだった。
ただこの話はさすがに他言ができないようで、
「いえ、別にありません」
と言って、その場を何とかやり過ごした。
しかし、雰囲気的にその場を収めただけのことで、どうしても引っかかっているものがあったようだ。急いでその場を収拾し、解散にこぎつけた。あまりにも急だったため、他の連中にも違和感が残ったかも知れないが、村の力関係はまだこの時代では、網元に圧倒的にあったこともあって、息子が、
「ここで話を終わらせよう」
と言って収拾させてしまうと、他の人からは、異存を唱えようなどとする人は一人もいなかった。
この場を解散させたことで、彼はホッとしたようだったが、その顔は教授を見つめていた。まるで、
「助けてください」
と言わんばかりのその表情には、言い方は悪いが、情けないような、泣きべそを掻いているようにさえ見えた。
息子は教授に耳打ちし、
「すみません。本当は話を続けたかったんですが、ここから先は村人に聞かさてはいけない部分が含まれているので、内密に二人だけでお話できる場面を設けたいと思います」
というと、
「大丈夫なんですか? あなたは網元の息子さんでしょう? お父上の意見も聞かずに勝手にできるんですか?」
という教授の話を抑え込むようにして、
「本当はいけないんでしょうが、村人に聞かれてはいけない部分は多分にありますが、部外者であれば、聞かせてもいいものもあります。親には内緒ですが、これも仕方のないことだと思います」
と息子は言った。
教授は、彼に対して、
――重荷を背負わせてしまったかな?
と思ったが、彼が何らかの覚悟を決めているのであれば、彼の気持ちを尊重してあげるべきだと考えた教授は、彼のいうように、自分が宿泊している宿に、夕方訪ねてくるように申し入れた。
「分かりました。じゃあ、夕刻、ご指定のお時間にお伺いいたします」
と言って、その場は別れたのだ。
教授の方は、それから夕方近くまで何かを研究しているつもりだったようだが、研究員に調査を続けさせ、自分だけ先に宿に戻っていた。どうやら、息子との対談に、幾分かの用意があるかのようで、研究員にも内緒で、用意をしていた。
宿に帰る前に、研究員には、
「夕刻、私のところに先ほどの網元の息子さんが訪ねてこられるので、私は彼と夕餉を一緒にします。だからみんなは久しぶりに宴会とでもしゃれ込んでくれたまえ」