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妖怪の創造

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「そうかも知れませんね。ただ、ドッペルゲンガーとトモカヅキのお話は、自分と同じソックリな人間という共通点以外にはないわけなので、そもそも同じ発想と考えてはいけないのでは?」
 と、教授もドッペルゲンガーに関しては詳しいがトモカヅキに関しては今日初めて聞いた話なので、自信がない。
 そういう意味では彼もトモカヅキの伝説は知っているが、ドッペルゲンガーに関してはほとんど初めて聞くようなものなので、教授の意見をそのまま鵜呑みにしていた。
「でも、これは単純な疑問なんですが、トモカヅキのような妖怪を見た時というのは、そのまま海に引きずりこまれるんですよね?」
「ええ」
「ドッペルゲンガーの場合は、自分と同じ人を見たその時に死ぬわけではなく、それからしばらくして死ぬと言われているので、その間にソックリな人を見たなどということを証言できるわけです。でも、妖怪の場合は、自分と同じ相手を見たということを誰かに伝える暇もなく、そのまま殺されてしまうわけでしょう? それなのに、どうしてそんな伝説が残っているんでしょうか?」
「そうなんですよ。そこがさっき僕が感じた『選ばれた人』という発想だったんですよ。トモカヅキを見た人間はそのまま死んでしまうんですが、これはあくまでもこの村での伝説なんですが、死んだ人が自分の大切な人の夢枕に立つんです。そこで、自分がトモカヅキに出会ったこと、そしてそれが自分であったこと、そして海に引きずりこまれて死んでしまったことを話すんです」
 と、彼が言った。
 それは教授にとって衝撃的な話で、
「それは、あなたも体験されたということでしょうか? あなたも大切な人をトモカヅキに殺されたと言っていましたが」
「ええ、そうです」
「それをあなたは誰かに話しましたか?」
「ええ、この話はしました。でも、それから少しして例の妖怪の死骸を見つけたものですから怖くなって、妖怪の死骸の話は村人の誰にもしていません」
「ひょっとして、あなたは私に何か肝心なことをまだ隠していませんか?」
 教授はふと感じた。
 彼は少し口籠っていた。よほど話したくないことを隠しているのだろうか?
 そんな気持ちがあるのに、どうして彼は教授に妖怪の死骸の話をしたのだろう? ひょっとすると、この死骸を見つけたということが彼をひどく追い詰め、耐えられない状態になっているところへ教授が現れたことで、まるで救いの神のような存在に感じているのだろうか。
 彼は意を決したのかゆっくりと話し始めた。
「この村も何分田舎の村ですので、昔からの風習や法度のようなものが根強く残っているんですよ」
「分かります」
「私は妻になるはずだった女性を本気で愛していた。あの頃はまだ若く、血気盛んでもあり、心よりも身体の方が反応してしまい、我慢できない状態になることも結構ありました。今のように落ち着いてもいませんし、何よりも自分というものに自信もなかったので、私としては彼女と相思相愛で幸せだという思いの裏に、絶えず嫌われたらどうしようという気持ちが見え隠れしていたんです」
「それで?」
「何分若かったので、頭に浮かんできたことと言えば、彼女と既成事実さえ作ってしまえば、彼女も僕以外には他の男性などありえなくなると思ったんです。別に彼女が他の男性を好きになったという事実があるわけでもなく、私の被害妄想でしかなかったんですが、一度疑念を抱くと、その妄想は果てがありません。自分でもどうすることもできなくなった私は、彼女を断崖絶壁の下にある洞窟で、既成事実を作ったんです」
「合意ではなく?」
「最初は無理やりに近かったですが、次第に彼女も私の気持ちが分かってくれたのか、それとも観念したのか、大人しくなりました。私は何も言わずに事に当たり、それこそ形式的な時間が淡々と過ぎて行ったことでしょう。もちろん、私は必死だったし、寡黙に行われた儀式のようなものだったので、その場にはお互いの息遣いしか聞こえなかったことでしょう。すべてが終わった痕、私は言い知れぬ後悔に襲われました。自己嫌悪というんでしょうか。自分がこれほど醜い人間だったなど思いもしなかったんです。彼女は泣くわけでもなく、私を睨むわけでもなく、私に決して目を向けようとはしませんでした。そんな場所から一刻も早く立ち去りたくって、私は身支度をすると、さっさとその場から逃げるように立ち去ったのです」
 一気にそこまで言って、口に盃を運んだ彼はさらに続けた。
「それから数日間、彼女に会うことはなかったのですが、次に出会ったのは、偶然だったのです。歩いていてバッタリと出会ったのですが、彼女は何事もなかったかのように、私に笑顔を向けます。どんな顔をしていいのかとそれまで感じていた私でしたが、その顔を見るとなぜか安心して、そこから先は、本当にあの時のことはなかったのではないかと思えるほど、二人の仲は元に戻っていました。いや、さらに親密になったのかも知れません。彼女が許してくれたというよりも、私の身体を知ったことで、さらに親密になったのだと私は思いました」
「なるほど」
「それから二か月くらいしてから彼女の様子がおかしくなったんです。嘔吐のようなものがあったり、それがつわりであることは男の私には分かりませんでした。でも、彼女から少しして妊娠したという話を聞かされました。結婚さえしていれば、おめでたいことなんですが、まだ婚約もしていない状態で、孕ませてしまったということは、網元の息子としても重大な失態でした。彼女をひそかに一番近い街に連れていき、誰にも口外しないことを約束に金を与えて、堕胎させたのです。その時の彼女の憔悴はすごかったですが、そもそも彼女の性格が、熱しやすく冷めやすいものだったんでしょうね。しばらくすると、すぐに元に戻りました」
「生まれてくるはずの子供はどっちだったんでしょうね? 男か女か?」
「ええ、それも今は感じています。そこで私の考えが飛躍しすぎているのかも知れないんですが、この村の断崖絶壁の洞窟で妖怪の死骸を見つけたというのが私だったというのも、何かの運命を感じたんです。何しろ場所が、あの場所だったんですから……」
 彼はそういうと、完全に下を向いてしまった。涙を流しているかのように、方が小刻みに震えていた。
「あなたは、今でも後悔していますか?」
「いいえ、彼女を犯したということで既成事実を作ってしまったことに後悔は感じていません。後悔というよりも言い知れぬ悲しみを感じるようになったのですが、それが妖怪の死骸を見つけてからのことなんです」
「その悲しみというのがどういう種類の悲しみかによって、考え方も違ってくるような気がしますね」
「ええ、そうなんです。私はあの死骸を生まれてくるはずの子供だと思った。その瞬間から、何か逃げられない悲しみに引きずり込まれたような気がして仕方がないんです」
「それはトモカヅキに海に引きずり込まれる海女さんのような感じですか?」
「それとは違います。引きずり込まれてしまうと、そこから先に待っているものは、何かの堂々巡りのような気がするんです。いわゆる『無限』という発想ですね」
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次