妖怪の創造
「いや、男性の場合は自分の気持ちを一度整理したつもりでも人に相談すると、一歩元に戻ってしまうんですよ。だからそこでまた迷走してしまうこともあるので、考えが堂々巡りを繰り返してしまうことがある。だから女性から見ると、そんな男性は優柔不断でハッキリとモノを決めることができない人に見えてしまうんですね」
と教授は言った。
彼はその話を聞きながら、頷いていたが、どこまで理解しているかどうか分かっていない。
「僕には先生のような男女の違いについて考えたことがあまりありませんでしたからね」
というと、
「私は、今言ったような男女の性格の違いが、ひょっとすると今言い伝えられている妖怪というのを生んでいるのではないかと思っているんですよ。もちろん、すべてにおいてそうだとは言いませんが、私のあくまでも勝手な妄想として、そういう感覚に陥ってしまうことが往々にしてあります」
教授の話は飛躍しすぎているように思えたが、話を聞いていると引き込まれてくるように思えてならなかった。
「男女の違いが別々の妖怪を生むというのは飛躍しすぎでは?」
とりあえず聞いてみた。
「そうかも知れないけど、男女の違いが別々の妖怪を創造するのだとすればどうだい? 同じ妖怪だって、見方を変えれば違う妖怪になるかも知れない。見る角度が男と女では違うという観点だね」
「なるほど、そういう理解の仕方もありますね」
彼は何となくであるが、納得した気がした。
「トモカヅキというのも、女性である海女さんが創造した妖怪だし、似たような妖怪を男性が創造しているかも知れないだろう?」
「そんな事例はあるんですか?」
「今のところ聞いたことはないが、それが本当に悪い妖怪なのかっていうのも考えてしまうよね」
「例えば?」
「海の中に引きずりこむと言ってしまうと物騒に聞こえるが、海の中に招待されるという発想だって成り立つんじゃないかい? 例えばおとぎ話の浦島太郎の話だってそうだよね。カメが浦島太郎を背中に乗せて、竜宮城へ行くという話だけど、考えてみれば、水の中で空気もないのに、どうやって行けたのかということだよ。カメが妖怪だったと考えれば説明もつきそうな気がしないかい?」
「そうですね。竜宮城に住んでいる妖怪の化身だったとして、浦島太郎を竜宮城に連れて行くために、わざと子供たちに苛められるという舞台を作ったということでしょうか?」
「あのお話は、説明のつきにくい部分が随所にあるんだよね。でもさっきも言ったように、一つ何かの歯車が噛み合えば、それらをすべて説明することができるのではないかと思うと、実に面白い気がしないかい?」
「どこまでが辻褄が合っていて、どこからが違っているのか、曖昧な気がして、よく分からないです」
「そもそも浦島太郎のお話というのも、違和感を抱くことはないかい?」
「どういう意味ですか?」
「おとぎ話というと、子供が読んで、それを教訓にするようなお話だよね。いいことをしても、悪いことをしても、それぞれに報いがある。いいことをしたのに悪い報いがあったり、悪いことをしたのに、いい報いがあるというのは、おとぎ話の主旨から外れると思わないかい?」
「確かにそうですね。そうやって考えると、浦島太郎のお話は、カメを助けたといういいことをしたのに、最後には、いくら開けてはいけないと言われていた玉手箱を開けたとして、お爺さんになってしまうというものですよね。教訓としては少しおかしい気がします」
「そうなんだよ。実は浦島太郎の話には続きがあるんだ。それは浦島太郎のことを好きになった乙姫様が竜宮城から丘に上がりカメになる。そしてお爺さんになった浦島太郎がツルになって、二人は未来永劫、幸せに暮らしたというお話なんだ」
「それがどうして途中で話が曲げられてしまったんですか?」
「詳しくは分からないが、どうやら、おとぎ話を教育の中で確立させようとした明治政府の意向らしいんだ。どうしてなのかまでは、私も詳しくは知らないが、本当は幸せになるという大団円だったんだよ」
と、教授は説明してくれた。
「おとぎ話でも教育や政治のためなら、内容を歪めることもいとわないというのが、世の中なんですかね?」
と彼は言った。
「政治や教育が関わっていて、そこにいい悪いの定義を設けようとすると、それなりの確証が必要になってきます。そういう意味では、ハッキリとした確証を得ていないことに対しては、何を言っても、余計なことになってしまうんでしょうね」
教授は、自分の力のなさを嘆いたのか、それとも、世の中の疲弊を嘆いたのか、最後は溜息をついていた。
「妖怪などは、その土地に土着した話がいろいろ伝わっていますけど、まったく別の場所で似たような話が伝わっているというのは、似たような妖怪がいろいろな場所にいるということなんでしょうか?」
「私はそう思いますね。ただ、その妖怪が同じ妖怪なのか、それとも似た種類の妖怪なのかということでは意見が分かれてしまいます。同じ妖怪と言っても、種類が同じだけで、個々としては別の妖怪なんでしょうね」
「人間を一つと考えると、自分と他人とでは別の種類の動物から見れば、同じ人間ということになるからですよね。イヌだって種類に違いこそあれ、同じ種類の犬が二匹いたとしても、それは同じイヌではないので、人間でいうドッペルゲンガーのようなものではなく、ただ、似ている同じ種別のイヌというだけのことですよね」
「動物の種類が違えば、性別の区別もつきませんからね」
「そういう意味では妖怪は人間を種別で判断できるんですよね。トモカヅキのように海女さんばかり狙っているということは女性しか相手にしない妖怪ということで、女性を認識できているということになる。それは妖怪の人間にない能力なのか、それとも妖怪というのが人間に限りなく近いものだという発想からなのか、僕はそのどちらかのような気がして仕方がないんですよ」
と彼は言った。
彼は妖怪について、今までトモカヅキのことだけを意識していたはずなのに、今日教授と話をしていると、以前から妖怪について気になっていたのではないかと思えてならなかった。
「妖怪でも、人間に化けると言われている妖怪もいるんですが、その姿が人間そのものだからそう言われているだけで、その姿自体が本当の姿だという発想もありますね。最初は皆、人間ソックリのその姿が、妖怪の正体だと思うんでしょうが、研究をしていると、妖怪の正体は別にあって、人間の姿に変化しているのではないかと考えるようになったと思うのは私だけだろうか?」
教授は彼と話をしていると、さっきまであれだけ自分の理論をうまく展開させていたのに、今回トモカヅキの話になると、次第に妖怪に対しての感覚が間違っていたのではないかという思いが頭をよぎるのだった。
さらに教授は別の考えも持っているようだった。
「海女さんや女性を狙う妖怪がトモカヅキなら、似たような行動で男性を狙う妖怪だっていてもいいんじゃないかって思うんだよ」
「ひょっとして、似たような妖怪が他の土地の伝説として語り継がれているのではないかな?」
と彼がいうと、