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妖怪の創造

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「もちろんですよ。あの場面、つまりあんな夢を見てしまった私の身にもなってください。妖怪から、まるでお前に取りついてやるなどというようなことを言われると、委縮してしまうのも当たり前じゃないですか。しかも最初から夢だと分かっているのに、その夢から逃れることができないと言わんばかりでしたから、後で目が覚めた時、夢だったんだと分かるのとは正反対の恐怖です」
 彼は相当に怖がっているようだった。
「これは申し訳ないことをした。許してくれたまえ」
 と言って彼を宥めると、彼も少し落ち着きを取り戻し、
「あ、いえ、これは失礼しました」
 と恐縮した。
――それにしても……
 と、教授は少し考え込んだ。
 夢に妖怪が出てくるという話はいろいろ聞くことがあるが、最初から夢だということを匂わせるような夢が存在しているなどというのは完全に想定外だった。
――そんなことがあるのか?
 と、パターンを考えてみたが。教授の今まで知り得た知識では考えられることではなかった。
――何か私の知らない力が働いているんだ――
 と思うと、彼には悪いと思ったが、
――これは大きな検証材料として使えるぞ――
 と感じた。
 彼の憔悴は目に見えてくるようで、元々そんなに強くはない酒を飲んだかのようだった。酒というのは人間を酔わせる目的で作られたのか、その効果は正反対の様相を呈するもののようであった。
「その妖怪なんですが……」
 と、彼は呟いた。
「ええ」
「僕の大切な人にどうしてあんなことをしたのか、もちろん、見つければ殺してやりたいという気持ちにもなるんですが、何か相手を憎むことができない自分もいるんです」
「それはどういうことですか?」
「もちろん憎んではいるんですが、その妖怪を憎んではいけない何かが自分にあるような気がするんです。憎んでしまうと自分が自分ではなくなってしまうようなそんな感覚だと言えばいいんでしょうか」
「普通に考えれば、あなた自身が常軌を逸した行動に出ることで、抑えが利かなくなるのが怖いというのであれば、それはよく分かります。でも、今のあなたを見ているとそういう感じには見受けられません。目的を果たせばそこまでで、それ以降は脱力感しか思い浮かばないですよ」
「僕もそうだと思うんです。だとすると、この不安定な気持ちはどこから来るんでしょうか? 僕が気になっているのは、彼女が海に引き込まれた時、引き込んだ妖怪が彼女と同じ顔をしていたということなんです。ちょうど引き込まれるところ、その瞬間だけを他の海女さんが見ていましたので、それは間違いないと思います。でも、その海女さんも同じ人間の存在など信じられないと言って、その後もう海女さんからは引退したんですけどね」
「そうだったんですね。その海女さんは今どうしています?」
「確か亡くなったと聞いています。詳細は分かっていないんですが、病気だったとは聞いています」
「そうなんですね。じゃあ、話を聞くことはできないんですね」
「ええ、ただ彼女は僕にその話をしてから、この話はこれで最後にすると言っていました。口外をしないと自分で言いきったんです」
「どうしてそう言い切ったんでしょうね?」
「これも私にだけ話してくれたことであって、彼女が言うには、この間夢の中で死んだ僕の大切な人が出てきたそうなんです。そこで、自分が死んだいきさつを私にだけ話してほしいと言われたというんですね。そして私に話した後は、もう他でこのことを口外してはいけないと諭したそうです」
「夢に出てきた?」
「ええ、話を聞いた彼女がいうには、自分が見た夢の内容を目が覚めてからも忘れないでいることというのは実に珍しいことだというんです。それだけその夢が現実味を帯びていたということなのか、それとも、夢に出てきた彼女の表情に鬼気迫るものがあったのかのどちらかではないかと思うんです。そのどちらもということもあるのでしょうが、ただ夢を見ている彼女は、自分は最後の一瞬だけしか見ていないので、詳しいことは分からないというと、それだけでもいいから伝えてほしいというんです。つまりは夢に出てきた彼女は自分が殺された時の目撃者が、どのあたりから見ていたかということを承知していたということになるんでしょうね」
「なるほど、ただ、こう言ってはなんですが、夢というのは潜在意識が見せるものなので、夢の内容というのは、夢を見ている人の意識でどうにでもなるものなのかも知れませんよ」
 と教授がいうと、
「いえ、それは私も考えました。だから話を半信半疑で聞いてみようと思ったんです。とにかく聞いてみないと何も判断ができませんからね」
「ええ、その通りです。ところで彼女の話はあなたを満足させるものでしたか? 最後の一瞬だけしか見ていないのであれば、満足には程遠い気がするんですが」
「確かに謎のすべてはその話で解けたわけではありませんが、彼女とソックリの相手に海の中に引きずりこまれたという話を聞いた時、私の中で何か目からウロコが落ちたような気がしたんです」
「すべての話がピントのずれた話であれば、逆にいうと、一つの歯車が噛み合えば、一本の線で繋がるということは往々にしてあるものです。きっと彼女の話は、そんな歯車を?合わせるに十分なお話だったのかも知れませんね」
「ええ、この話を彼女が口外をしないと言った気持ちも分かる気がするんです。だから私も決して今まで誰にも言わなかった。実際にこの村に帰ってきてからは、私は村人以外の人と関わることはほとんどありませんでしたので、口外する機会もなかったからですね」
「でも、あなたが口外をしないのと同じで、村人の中にはあなたと同じような経験をした人もいるかも知れませんよ。その人も決して口外しないという信念のもとに、誰にも言えず悩んでいるかも知れないし、忘れようとしても消すことのできない記憶とどうすれば共存できるかを考えているかも知れませんしね」
 教授の意見ももっともだった。
「ところで教授は今までここ以外にも言い伝えや伝説の研究をするために訪れた村はあるんですか?」
「ここが初めてです。しかし、言い伝えや伝説の類は予備知識として本を読んだりはして予習をしてきたつもりではいます」
 さすが、そのあたりは学者の先生であった。
「今私が語ったような妖怪も言い伝えとしてはいたりするんでしょうね」
「ええ、海にまつわる妖怪は結構いますからね。もちろん、それぞれに共通点もあったりします。例えば夜行性であったり、人間を海に引きずりこむ妖怪というのも結構いるようですよ」
「そうなんですね」
 そう言って彼はまた考え込んだ。
 教授は研究してきた中で、今彼から聞いた内容と酷似した妖怪を知ってはいた。ただ、今ここですぐにその妖怪のことを口にするのを憚ったのは、彼が何を考えているのか、得体が知れない気がしたからだ。
――ひょっとして、この人は私を試しているのかも知れない――
 という思いが次第に募ってきていた。
 話もちょっとずつの小出しになっていて、一つの山の話が終われば、ちょっとしてから別の山の話になる。その間に間髪が入れずというわけでもなく、徐々にである。
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次