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妖怪の創造

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「他に何か、興味深い話はありませんか?」
 教授は、彼の苦み走った表情が弱まるのを待って、そう話しかけた。
 たった今まであれだけの苦み走った表情をしていたのに、さっきまでとは少し違って、また目の色が少し気色ばっているのを感じた。
「それがですね。私の嫁になるはずだった女性の姿を見たという人が現れたんです」
「それは興味深いですね。でも、それは幻のようなものだったんじゃないですか?」
「私も最初はそう思いました。何しろ四十九日もだいぶ前に過ぎて私としては、そろそろしっかりしなければいけないと思っていた矢先のことだったので、まるで出鼻をくじかれたようなおかしな気分になりました。でも、心の中では思っていたんです。『幽霊でもいいから会いに来てほしい』とですね」
 と、彼はまた頭をうな垂れた。
 気持ちは分かるが、ここまで気持ちを素直に表現するというのは、やはり酔いが結構回っているせいであろうか。
「そんな時に、似た人を見たと言ってきたんですね?」
「ええ、でも、それがあまりにも現実味を帯びた話だったので、私も次第にウソではないのではないかと思うようになったんです。それは嫁を見たという男があまりにも強烈な視線で私を見たせいもあるでしょう。。実際に手足が痺れて動けなくなってしまっていたのも事実だったですからね。その目から、視線を逸らすことができなくなったというのが、本音でしょうか」
「まるで催眠術にでもかかったかのような感じですね。ところであなたは暗示に掛かりやすいとか、霊感が働くとかそういう自覚はありますか?」
「いいえ、まったくそういうことを感じたことはありません。実際に嫁になるはずの人が亡くなるまで、妖怪変化や超常現象なんてありえないと思っていましたからね」
「それを信じるようになったのは?」
「そうですね。やはり彼が嫁を見たと言ってきた時でしょうか? 嫁が海に引きずりこまれて死んだと聞いた時も、妖怪や超常現象が頭をよぎりましたが、決定的に信じることはできませんでした」
「なるほど、信じてしまうと、あなたの中で『仮想敵』が生まれるかも知れないという思いもあったんでしょうね」
 と教授は言った。
「そうかも知れません。とにかく私にとって妖怪の類はそれまでまったく別世界のものとしてしか考えられませんでしかたからね」
「ひょっとして、あなたは、自分が殺した相手に妖怪がなりすましているかのように思ったんじゃないですか?」
「ええ、そうなんです。私にその姿を予見させることで私を精神的に追い詰める何かそんな思惑があるんじゃないかって思ってですね。そう解釈しないと嫁とそっくりの姿をした人が現れたなどという理屈はありえないと思ったんです。そのあたりに何か曰くが隠されているような気がするんです」
 と彼は言った。
 彼の言葉はその後の教授の発想に大きな影響を与えることになるのだが、今は感情に任せた言い方だったので、彼も教授もそこまでは気付かなかった。
「実は……」
 彼はこの話をしていいものかどうか、少し迷っているようだった。
 その証拠に、彼は教授の顔を凝視しようとはしない。明らかに目を逸らしているのは明白だった。
「どうしたんです?」
 さすがに教授もこの時は聞いていいものかどうか、考え込んでしまった。
 しかし、喉元まで言おうとしているのを言わせないということは、
「このまま窒息させてしまうのではないか?」
 と感じ、何とか押し出させようと、冷静ではあるが、視線を熱くして彼を見つめた。
「あのですね。この妖怪については、実は謂れがあります。実際にこのあたりの民家には昔から伝わっていて、先祖代々受け継がれているものです。ただし、公然の秘密になっていて、同じ村の中でも、この妖怪の話は他の家の誰にもしてはいけないという言い伝えになっています。ただこれはこの周辺の村にだけ言われていることで、実は似たような伝説は他の地域にもあるらしいのですが、そこでは口留めはありません。したがって同じ種類の言い伝えなのかも真意ではありませんが、私は言い伝えを破る勇気を持ち合わせてはいません。何しろ自分の身内になるはずの人が受けた被害ですからね」
 と彼が言った。
「だから、今日二人きりになりたいと言ったわけですね?」
「ええ」
「私に話してもいいんですか?」
「ええ、あくまでも村の中だけで言われていることですので」
 と彼は言ったが、ただ、それも迷信でしかない。実際にこの村の関係者以外に話をしたという記録もないので、実際のことは分からない。彼が戸惑ったという理由はここにあったのだ。
 彼は続ける。
「私は彼女が亡くなってから忘れようと心がけていました。実際に忘れてしまうのではないかと思える時期もあって、彼女のことを忘れるのは彼女に対して悪いことだという板挟みを感じながら、結局忘れる方に自分の意志は向かったんです」
「それで、忘れることができたんですか?」
「それが、結果としてはできませんでした。私が忘れようとすると、夢を見るんです」
 と彼が言って、少し声が籠ってしまった。
「どんな夢なんですか?」
「実際にそれが夢であるということは、最初から分かっていたのですが、その夢の中には妖怪が出てくるんです。『お前の大切な人の命を奪ったのは、この俺だ』と言ってですね。普通、そういう夢を見ると、目を覚ました時に、初めてそれが夢だと気付くものじゃないですか。でもその夢に関しては最初から夢を見ていると感じる不思議な夢だったんです」
「その妖怪は何か言うんですか?」
「ええ、『お前は忘れようとしているだろう? そんなことはこの俺が許さない』と言って脅しをかけるんです。夢だと分かっているので脅しだけなら別にそこまではないのでしょうが、その妖怪は、現れてからずっとその表情が見えなかったんです。完全に向こうから光が差している形ですからね。でも、このセリフまで言い切ってその妖怪がこちらを見ると、そこにいるのは、誰あろう、私が結婚しようと思っていた彼女の顔だったんです」
 と言った。
「それは、村で彼女に似た人が目撃されたと聞いたのとでは、どっちが先だったんですか?」
「私の夢の方が最初でした。だから、夢に出てきた妖怪が、私に対してこれでもかと言わんばかりに脅してきているんだって思い、あの夢も、ただの夢として片づけられなくなり、忘れたはずの彼女が、もう二度と忘れることのできない相手になってしまったというわけです」
「それはお辛い思いをしましたね」
「ええ、そのまま忘れることができれば、どんなによかったか。ひょっとしてこれも僕が彼女のことを忘れようなどとしたために起きてしまった災いではないかと思い、自分では大きな後悔だと思いました。しかし、その思いをどうすることもできず、今は悶々とした日々を過ごしています。何しろ、村の誰にも話をしてはいけないわけですからね」
 教授はふと疑問に思い、
「それを信じているわけですか?」
 と言われてしまうと、彼は急に冷静さを失い、怒涛の如く興奮した。
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次