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妖怪の創造

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「そんなことはありません。私はもうこの研究には満足したんです」
 と言い、さらに、
「ここまで培ってきた心理学などの研究を元に、今度は日本全国に伝わる伝説を本という形にまとめてみたいと思うんです。どうぞ、私のわがままをご容赦ください」
 と言われてしまうと、覚悟などという心境とは違った様子に、教授も息巻いている自分が何となくバカバカしく感じられた。それを見た教授はさらに満面の笑みを浮かべたが、それを見た教授は、
「しょうがないな」
 と言わんばかりにため息を吐いたのが、暗黙の了解となり、晴れて教授は、
「自由の身:
 になれたのだった。
 そのおかげで、教授は今では、
「俺は三十代後半くらいなのかも知れないな」
 と思っていた。
「心理学の研究をやめて、伝説をまとめだして十年が経った。この十年をこの間までは結構長かったと思うようになったことで、それ以降、少し感覚が変わってきたような気がした。
――やはり、私は年相応なのかも知れない――
 と感じた。
 その感覚の違いを他の研究員も何となく分かっているようで、
「教授、最近少し変わったよな」
 と言われるようになった。
 どのように変わったのかということは、まわりの人それぞれで微妙に違っているので、その話をしても、結論は出ない。むやみに長い間話をしていると、袋小路に入り込んでしまうし、普通は絡み合わない話になってしまったことを皆分かった時点で、話が打ち切られる。打ち切ってしまうと、皆が、
「あっという間だった」
 という気分になる。
 そのことを、
――何か変な気分――
 と皆が感じているが、そう感じているのは、自分だけだという錯覚があった。
 しかも、それが教授の術中にはまっていると分かっている人は誰もいないのは、もちろんのことであった。
 教授もそんな心理的トリックを皆に与えているという感覚はない。ただ、心理学の権威とまで言われるようにいなった自分が、働き盛りという年齢で、いきなりまったく違った道を目指すようになったのだから、それはビックリしたことだろう。
「教授はどうして、田舎の村の伝説なんか研究しているんです?」
 と、聞いた研究員がいたが、
「どうしてなんだろうね? 私も何か気になる伝説があったというわけではないんだけど、最近は考古学にも興味が出てきたので、そっちも研究しているんだ」
 と言った。
 だが、実際に考古学に興味があったのは、実は学生の頃からだった。
 大学では考古学を専攻していた。それなのに大学院で心理学を目指すようになったわけだが、心の中では考古学を忘れたわけではない。
 実際に今まで発表した心理学の発見も、考古学に造詣が深くなければできるはずのない発想も含まれていた。それを公表するようなことはしなかったが、心理学と考古学は、キットも切り離せないものだということを信じて疑わなかったのだ。
 きっと、今度の伝説を編纂するという発想も、考古学が心理学よりも自分にとって大きくなったことから、目指すものが変化したからなのかも知れない。
――目指すものが少し変化しただけで、よく今までの地位や名誉を捨ててまで、新たなことに挑戦しようと思うなんて、私もどうかしていたんだろうか?
 と感じた。
 今の研究員は、教授が心理学の第一人者であったということは知っているが、心理学自体にそれほど興味があったわけではないので、教授の権威がどれほどのものが分かっていない。
 だから教授とは、まるで友達のように接しているが、それも教授が精神的にまだ自分が二十代後半だと思っていたことが起因している。教授のことを、
「優しい先輩」
 という程度に思っている研究員は教授のことを慕ってはいるが、教授としてというよりも本当に先輩としてという程度のものだったに違いない。
 だが、ここ数年は違ってきていた。
 教授の貫禄は以前にもまして増大していた。貫禄は権威に似たもので、研究員ももはや教授のことを、
「優しい先輩」
 とはなかなか思えなくなった。
 しかし、さすがに心理学の第一人者としての権威には足元にも及ばないだろうが、それまでの教授とは明らかに違うのだった。
 そのせいもあってか、最近の教授は、自分を年相応に思えてきたのだ。
 だが、今回、足立村に来てからは、以前の教授のように、威厳というよりも、まだこの研究を始めて間がない頃の初々しさが醸し出されていた。
「あんな教授、見たことがない」
 最近、研究員として従事するようになった人は、皆そう思っているが、ちょっとベテランの研究員は、
「何言ってるんだ。以前の教授はあんな感じだったんだぜ。どっちが本当の教授なのか、俺も今は少し戸惑っているくらいさ」
 と、その研究員は言ったが、本音に違いない。
「教授、だいぶ研究も進んできましたね」
 というと、
「研究というのは探求することが使命なんだ。結果がすべてだというよりも、探求心がなくなるまで研究が続くものだと私は思っているんだよ」
 と教授が言った。
 研究員はそれを聞いて、その真意がどこにあるのかまでは理解できなかったが、正直、理解できないでもいいと思った。理解できれば、自分が教授に限りなく近づいたと思ってしまうだろう。そう思ってしまうと生まれてくるのは、驕りの気持ちなのか、それとも近づいたことでの満足感から、飽和状態の精神状態になってしまうのではないかと思うことで、そうなると、急にやる気をなくすのではないかと思った。
 若い研究員は、教授の本当の年齢を聞くとビックリする。
「まだ四十代かと思っていました」
 という答えが返ってくる。
 それも最近のことであった。最近は教授に威厳があるような雰囲気なのだが、昔から教授と一緒にいる人は、以前の雰囲気を比較して威厳を感じていたが、最近加入した研究員は、見た目の年齢から、
「働き盛り」
 をイメージして、威厳を感じているのだった。
 教授は、
――自分の中にもう一人誰かがいるような気がする――
 と思っていた。
 二重人格なのだろうが、それは決して、
「ジキル博士とハイド氏」
 のような両極端な二重人格性ではないと感じている。
 それまで教授は自分の中に別人格がある場合は、
「両極端な性格でしかありえない」
 と思っているようだったが、そうではないと気付いた時、
――これも一つの発見だ――
 と感じた。
 いまさら心理学に関して未練があるわけではないが、今研究している伝説の解明に役立つかも知れないと思って、自分の考えを肯定するようにしている。そしてその証明が自分に返ってくることで、心理学から転身した今の研究の意味を分かる日が来ると思うのだった。
 昔から伝わっていることというのは、基本的にタブーであることが多い、つまり知られていることすべてが理論であるというわけではなく、知られていない部分に、核心が隠されているというのがお決まりのことであろう。
――隠された部分――
 それともう一つの自分の性格を比較して研究をさらに続けることが、これからの自分のやり方だと教授は考えるようになっていた。
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次