妖怪の創造
「その通りです。科学で証明できないことを否定するのは私のような研究者には科学への冒涜だと思うんですよ。真実をしっかり見ようとしないという意味でね」
「まさにその通りかも知れません。ところでさっきのドッペルゲンガーを見ると死ぬと言われていることですが、具体的にはどういう話があるんですか?」
「科学の世界でもドッペルゲンガーに対してはいろいろ説明が行われている。どうしてそんな現象になるのか、そしてどうして死に至るということになるのかということをですね」
「それで?」
「まず、ドッペルゲンガーという現象についてですが、最初の説としてはですね。人間には肉体と魂があるという話は分かりますか?」
「ええ、分かります」
「まず肉体があって、魂がある。その魂の中に心理であったり、考えであったり、感情があったりしますよね。肉体の中に魂があるというわけです」
「ええ、だから人は死んだら肉体から魂が離れて、魂が永遠に生き続けるんだなんて話を聞いたことはあります」
「それが事実かどうかは別にして、ドッペルゲンガーの発想として、身体から魂が抜けてしまって、魂が表に出た。そしてそれを目撃するという発想なんですよ」
「一理あるような気もしますが、ちょっと考えると、魂の抜けてしまった抜け殻のような状態で、自分を見たという認識ができるものなんですかね?」
「そうですよね。でも、普段は見えない魂を、肉体だけの抜け殻だから映像として見たというものが残っていて、魂が身体に戻った時に、まるで今見たというような認識になったという発想もありではないかと思うんです。だけど、今のような発想を私は聞いたことがなかったですね。これは新しい発想かも知れません」
「僕のような素人に話す方が意外と新しい説が生まれてくるのかも知れませんね。新鮮とでもいうんでしょうか?」
と言って彼は笑って見せた。
しかし、教授もその話を聞いて、もっともだと思ったのも事実、やはり彼と二人きりで話をするのもいいのではないかと思った。
「ちなみに、さっきから曖昧な感じがしていた『似ている人』というのは、ただのソックリさんなんですか? それとも本人なんですか?」
「ドッペルゲンガーと言われているものは、あくまでも本人です。世の中に三人はいると言われているソックリさんとは違います」
「分かりました。それが大前提ですので、最初にハッキリさせておきたいと思ってですね」
「それは当然のことです。ドッペルゲンガーは、自分自身の生き写しという表現がピッタリだと思います」
「他にもドッペルゲンガーへの説明があるんでしょう?」
「ええ、次に言われているのは、本当に錯覚であり、脳に何かの疾患があって、幻を見るというものに当たります」
「その説は一番ありがちな気がしますね」
「これは本当に稀な意見ですが、さっき話したパラレルワールドを見てしまったのではないかという発想ですね。つまり、別の可能性を覗いてしまったという考えでしょうか?」
「なるほど、僕は今それを聞いて。さっき話に出た『左右か前後に鏡を置いた時に見える無限の自分』という発想を思い出しました。思い出しておいて、ゾッとしましたけどね」
と、彼はそういうと、今度はさっきこの部屋が凍り付いてしまった感覚を思い出した。
それをわざわざ教授に言おうという気にはなれなかったが、何かあの時の感覚がドッペルゲンガーという現象を解き明かすカギになっているのではないかとさえ思えたのだ。
「ところで、ドッペルゲンガーにはいくつか特徴的なことがあるんです。それはドッペルゲンガーを目撃した時の共通点とでも言いますか、何か興味深いところがあるかも知れませんよ」
と教授は言った。
「ぜひお聞きしたいものですね」
「まず、一つはドッペルゲンガーは周囲の人と話をしないということなんです。見かけることはあっても、ただ歩いているところであったり、まるで空気のように佇んでいる姿だったりするんです」
それを聞いて、彼はまたしても、先ほどの凍り付いた世界を思い出した。思い出したシチュエーションは、
「世界がモノクロに見えた」
ということであり、それを思うと、ドッペルゲンガーを目撃すると、まわりはモノクロになり、まるで時間が止まってしまったような感覚に陥るが、ドッペルゲンガー本人のみが普通に動いている。つまりさっき感じた風のようなものに思えたのだった。
これも教授に話す気はしなかった。もし話すとしても、話を全部聞いてからだと思ったからだ。
教授は彼の顔を覗いていた。彼が何かを感じているのは分かっていたが、何も言おうとしないのであれば、それを敢えて聞こうとも思わなかった。それよりも、話を先に進めたかったというのも事実である。
「次は?」
そっけないように訊ねたが教授に気持ちを看破されていたので、おかしな雰囲気になることはなかった。
「次に言われているのは、その本人が出没する以外のところには出現しないということですね」
それを聞いて彼は思った。
「何かさっき聞いたデジャブ現象に通じるところがあるのかも知れないと感じましたが、いかがなんでしょうね?」
という彼に、今度は教授も少し興奮したかのように、
「ええ、その通りなんです。私もそれは前から思っていました。一度も行ったことがないのに知っているという発想は、限られた世界の中で、繰り広げられる不可思議なことという意味では共通しているように思うからですね」
教授は、彼の意見がある程度自分と似たところがあることを確信し、素直に嬉しかった。
そういう意味では彼の話を本当はもっと聞いてみたい気がしたが、彼が敢えて言おうとしないことを聞きだすのは却っておかしな雰囲気を作りそうでその必要を感じなかった。
「ただ、このことが、ドッペルゲンガーは似た人を見たわけではなく、その人本人を見たという言い伝えの根拠にもなるんでしょうね」
「その通りだと思います。そしてその裏付けとしてなのか、もう一つ言われているのが、忽然と消えるということなんです。超常現象めいた話が、あくまでも似た人間だというわけではなく、本人なのだと強調しているような感じですよね」
「そうですね」
「そして最後に言われているのが、これが一番重要なのですが、ドッペルゲンガーを見ると死ぬということなんですね」
「それは見た本人が死ぬということですか?」
「ええ、そう言われています」
「じゃあ、ある程度死に関しても限られているというわけですね」
「ええ、その通りです。ところでどうして死ぬかということも研究されていて、どうして起こるかというところから死についての説明が行われています」
「なるほど」
「最初に言われるのが、魂と肉体が離脱することでドッペルゲンガーを説明しましたが、魂と肉体が離脱してしまったことで、魂が二度と肉体に戻れなくなるということで、そのまま死に至るという話ですね。この話が私は一番説得力を感じます」
「確かにこの話であれば、ドッペルゲンガーの正体も、そして死に至るという理屈もどっちも納得させられるだけの説明がつきそうな気がしますよね」
と彼がいうと、教授も満足そうな顔をした。