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妖怪の創造

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「それはね、君が祠で見つけたというあの箱なんだよ。箱の中に箱が入っているという、あのマトリョーシカ人形のようなものと同じじゃないかな?」
「あっ、確かにそうですよね。あれも開ければ開けるほど、どんどん小さくはなるけど、中から同じものが出てくるという発想ですよね。ところで、どんどん小さくなっていくのは分かるんですが、最後には消えてなくなってしまうんじゃないですか?」
「いいえ、どんなに小さくなってもゼロにはなりません。形があるものが、描写される段階で消えてなくなるということはありませんからね」
「学校で習った割り算で、確かどんなに大きなもので割ってもゼロにはならないというのを習った気がします」
「そうですね。まさしくその通り。ゼロにするには、ゼロで割るしかないという結論なんですね」
「つまりね。あの祠にあったあの箱。ゼロにはならないという発想が、無限という発想に繋がって、魔除けとしての効果を表していたんじゃないかって私は思っているんだよ」
 と教授がいうと、
「あの箱の正体は、無限という発想が魔除けとして通用するということでしたら、あの描かれていた絵も、無限という言葉が重要になるんじゃないでしょうか?」
 彼が二人で話したいと言ったのは、ひょっとして箱の正体を無限だという理屈に結び付けるためではなかったか。彼は別の目的で教授と二人きりでの話を望んだが、無意識の行動が、これまで解き明かすことのできなかった謎に迫るきっかけを作ったのではないだろうか。

                  ドッペルゲンガー

「ところで君は、ドッペルゲンガーと言う言葉を聞いたことがあるかい?」
 と、教授は難しい言葉を口にした。
 もちろん、いくら博識とはいえ、専門的に勉強しているわけではない学問で、そんな難しい言葉がスッと出てくるはずもない。
「聞いたことがあるような……」
 と彼は言ってはみたが、その信憑性は限りなくゼロに近かった。
「これはね。昔から言われてきた一種の伝説の類なんだけど、でも心理学では結構研究されていて、ドッペルゲンガーという言葉で通常は呼ばれているんだ。ドッペルゲンガーというのは、自分にそっくりな人を見たという発想の話なんだけど、この言葉がドイツ語であるということもあり、ドイツあたりでよく言われるようになった話なのではないだろうか」
「そんなに昔からあるんですか?」
「古代から話としては伝わっているようだよ」
「どういうお話なんですか?」
「一種の都市伝説のようなもので、一口で言えば、『自分にそっくりな人を見る』というものなんだ」
「似ている人を見るということですか?」
 と聞いてきた彼に対し、教授は、
――この人は無意識なのかも知れないが、鋭いところをついてくるじゃないか――
 と感じた。
「似ている人というわけではなく、その人本人を見たということなんだ。厳密にいうと、見た本人を見るという狭い意味での話でもあるが、知人が自分を自分が行っていたはずのない時にその場所にいたというのを証言するのも、ドッペルゲンガーと言われるものになるんだ」
 と聞くと、彼は驚いたように、
「そんなことってありえるんですか?」
 本当はそうではないかと思っていたくせに、この驚きは茶番ではないかと感じた教授は、少し彼の様子に付き合ってみようと思った。
「ああ、そう伝わっている。もちろん科学的に証明できるものではない。私個人としても信じられないと思っている。しかし、実際に話としては結構な数の証言が残っているのも事実なんだ。それを思うと、頭ごなしに信じられないというのは、逆に科学に対しての冒涜ではないかとも感じるんだ」
 と教授は言った。
「でも、さっき教授は自分で自分を意識するのは一番難しいと言っていましたよね? 鏡で見返しでもしない限り、自分の姿を確認できないので、ハッキリと自分だと言い切れないんじゃないかって。それにですね。もし、同じ人間が近くにいたら、まわりにいる人たちの誰一人として気付かないというのもおかしな話ではないですか? 本人が見た錯覚だと言い切ってもいいんじゃないかって僕は思うくらいですよ」
 彼は少し興奮していた。
 この興奮が却って彼がこの話を信じられないまでも、完全に打ち消すことができないジレンマに陥っていることを示していた。どう説明していいか分からず、必死で考えながら話をしていると、次にいうべき最適な言葉を彼は無意識に見つけることができる才能を持った男ではないかとも教授は感じた。
「ただね。ドッペルゲンガーというのは、これだけで話は終わらないんだ。本当に恐ろしいのは、ドッペルゲンガーを目撃してから起こることなんだ」
 教授がいうと、
「どういうことなんですか?」
「ドッペルゲンガーを見た人というのは、しばらくすると死んでしまうと言われているんだ」
 一瞬、空気が凍り付いたようだった。
 目の前の色はすべてが消えてしまい、モノクロにしか見えなくなっている。風だけが吹いているようで、動くものはいない。だが、この部屋でさっきから教授が吸っているタバコの煙だけが、ゆっくりと昇っていくのが感じられた。完全に時が止まっているわけではなく、凍り付いてしまった中で、微妙に進んでいるのだ。なぜ風だけが普通に吹いているのか分からない。だが、モノクロな世界は確かに彼の頭の中にあり、身動きできない自分に苛立ちを感じていたのだ。
 そんな感覚が何分くらい続いたのか、急に色が戻ってきて、凍り付いた世界が一気に氷解した。
――何だったんだろう?
 と思うと同時に、今自分が感じている時間は数分であるが、この凍り付いてしまった時間の中での数分なので、本当は一瞬だったのかも知れないとも感じた。
「死んでしまうというのは、それこそ伝説なんじゃないですか?」
「そうだよ、それが伝説なんだけど、私は限りなく真実に近い事実だと認識しているんだ」
「真実に近い事実?」
「ああ、そうだよ。君は真実と事実を同じものだと思っているかね?」
「そんなことはありませんが、本来の意味から考えると、『事実に近い真実』なんじゃないですか?」
「どうしてだい?」
「だって、真実というのは、必ずしも事実でなくてもいいわけですよね。その人にとっての真のことであれば、事実である必要はない。でも、事実は真実によって作られるものであり、真実なくして事実のないのではないかと思います」
「なるほど、きっとそれは君が苦労してきたから感じることなんだろうね。確かにそうかも知れないが、真実ではない事実というのもあるんだよ。故意ではなく偶然によって作り上げられたものもそうではないのかな?」
「でも、それもひっくりめて真実というものだと僕は思っていましたが」
「私が勧めている学問では、その場合の事実は、必ず誰かの真実によって引き起こされたものだって考えるんだ。真実なくして事実はないってね」
「なるほどですね。僕も今その話を聞いて、少しそのことについては考えてみようと思います。きっと僕のような考えが、本当は真実なのに、否定してしまう意識を植え付けてしまうのかも知れませんね」
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次