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妖怪の創造

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 教授は自分と取り巻く時間が、すべて同じ間隔で動いているとは思っていない。ある時のある状態では長く感じたり、過ぎ去ってしまうと、長く感じた内容が短く思えたり、逆に短く感じた内容が長く感じられたりするものだと思っていた。
 その証拠として感じているのが、
「昨日のことのはずなのに、数年前だったような気がする時があったり、逆に数年前の出来事が昨日のことのようだったりする感覚」
 であった。
 だが、頭の中では、
「そんなバカなことはありえない」
 と思っている、
 教授として、研究者として、その証明ができて初めて仮説として口にできることなので、仮説として口にできるまでにもかなりの時間が掛かると思っていた。下手をすると、
――私には無理かも?
 と感じることもあるくらいで、
――ひょっとすると、彼なら?
 と少し感じたのだが、やはりそれはあまりにも荷が重いような気がして、すぐに打ち消したのだ。
「研究者の間での発想として、パラレルワールドというものを創造した人がいるんだが、君ならどう思うか聞いてみたいな」
「パラレルワールドとは何ですか?」
「今こうやって話をしている次の瞬間には、無限の可能性が広がっているというのが基本的な考え方なんだ。少し何かが違うと違う世界に入り込んでしまうというもので、今こうやっている間も本当は別の世界に入っているかも知れないんだが、誰にもそれを証明することができないので、この発想は研究者では有名な拙論なんだけど、一般の人にはあまり知られていないんだ」
「何か難しいですね」
「ひょっとしてオオカミ少年の話も、村人がどうなったのかを言わないのは、敢えて言わないようにしているだけで、本当はパラレルワールドに入り込んでしまったのかも知れませんね」
 彼の発想は奇抜だった。
「確かにオオカミ少年の話はあくまでも創作物語なので、本当の話ではない。だから、そこにパラレルワールドが存在しても別に問題はないのかも知れない。この話を伝えた人は他意はないのかも知れないが、無意識に話をパラレルワールドに誘っているのかも知れませんね」
 これは教授の頭としては、理解はできるが、自分が発想できるかと言えば無理ではないかと考えられる。
 どうしても研究者として凝り固まった考えを持っているので、融通の利かないところは随所にある。そういう意味で、育った環境が発想という意味では割と自由な環境にいる柔軟な頭を持った彼が、冷静にまわりから判断できる目を持っているとすれば、これくらいの発想を導き出したとしても、無理のないことのように思えた。
 この時代は世界でも、タイムマシンの発想やロボットの発想なども作り上げられていて、教授もその研究も一緒にやっていた。だからパラレルワールドや、デジャブという言葉も知っていて、敢えて、話が細かいところに進んでいこうとするタイミングを見計らって、話をしているのだろう。
「さて、自分に似た人の説として、二つ目の鏡の話に戻るんだけど、鏡というのは実に不思議なものだって思うんですよ」
 と、教授は話を元の路線に戻した。
 そのうえで、鏡という媒体を、
「不思議なものだ」
 という。
 その発想がどこから来ているのか、彼はよく分からなかったが、彼の中でも、
――僕の発想は、ひょっとして教授が過去に辿り着いた発想と酷似しているんじゃないだろうか?
 という思いを持っていた。
「鏡という発想で、ある突飛な発想を思いついた人がいるんだが、その人の発想は、ひょっとすると他の誰もが思いつきそうな発想なんだけど、言われて初めて『あっ』という言葉を思わず発してしまうのではないかというようなものなんだけど、実際にそれがどうしてそういう現象になるのかということは、いまだに謎なんだよ」
 と教授が言った。
 実際にこの発想は、令和という現在までもハッキリとした証明はなされていないが、この時代であれば、発想がいくつか生まれる程度で十分だったのだろう。
「それはどういうものなのですか?」
「一つは、ある仮説が有力な証明になっているものなんだけど、もう一つというのが、その発展形になるもので、こっちが正真正銘、解決されていないものなんだよ。まず一つ目なんだけど、鏡を見ると左右対称になるだろう? これはどうしてかという発想と、二つ目はその発想として、左右は反対になるが、上下は反対にならない。この理屈が説明がつかないんだ」
「面白いですね」
「実はもう一つあるんだが、それはこの話の後の方がいいだろう」
「ええ」
「まず、最初の疑問なんだけど、左右対称、つまり君が左手で何かを持っているとすれば、鏡の向こうには右手で持っている君がいることになるだろう? これが左右対称という発想なんだよ。これを解き明かすヒントとして、文字にすると分かりやすいかも知れない。何かに文字を書いて鏡の前に置くと、完全に反対の文字になるだろう? これを自分を写す鏡と、文字を写す鏡とでは別物だって仮定するんだ」
「どういうことですか?」
「自分を写す鏡というのは、主役である自分が主観的に見るものだから、視線が何かを持っている鏡に写った絵を見た時、主観である自分が見るから、右手に持っているように見えるという発想なんだ。文字は客観的に見るので、視線は全体を捉えている。だから、読み取る時には完全に違う文字になっているということさ」
「なるほどですね」
「だけど、この発想では左右対称は説明できても、上下が逆さまにならない証明にはならない。これが鏡の難しいところなんだろうね」
「本当に難しいですね」
「ところでもう一つの発想なんだけどね。本当はもっと鏡にはいろいろな魔力のようなものが備わっていると思うんだけど、僕が今思いついただけでもこれだけあるんだから、考えてみればすごいよね。そのもう一つというのは、前後でも左右でもいいので、鏡を向かい合わせで置いたとして、その真ん中に自分がいる場合を想像してごらん」
 と教授は言った。
 彼は少し時間をかけて想像した。それは自分の中ではある程度の答えが出ていたが、それが教授の期待する答えかどうか、考えていたからだ。彼はきっと今日教授との話の中で、自分でも知らぬ間に急速に成長しているに違いない。
 彼は精神を落ち着かせて言った。
「どちらかの鏡を見ると、そこには自分が写っていて、その後ろに鏡が写っている。そしてその鏡には後ろ向きに写っている自分がいて、その向こうには正面から写っている自分がいる……」
 と彼が途中まで言って、そこで言葉を切った。
「そう、その通りなんだよ。これを難しい言葉でいうと、無限ループというんだけど、要するにずっと半永久的に鏡に自分が写し出されるということなんだよね」
 と教授が言ったが、その時、彼はもう一つ頭に浮かんでくるものがあった。
 それが何なのか、何となく分かってはいたが、実は彼よりも先に教授の方がピンと来ていた。
「何か、頭をよぎるものがあるんじゃないかい?」
 とニヤリと笑って教授は彼を見た。
「はい、でもここまで出かかっているんですけどね」
 と言って、喉元を掌を横にしてまるで切るように左右に滑らせた。
「私が言ってあげようか?」
「ええ」
作品名:妖怪の創造 作家名:森本晃次