妖怪の創造
「二度というのが一番インパクトが強いんでしょうね。三度目から四度と続くと、二度目ほどのインパクトは薄れていって、どんどん、惰性のようなことになる。いわゆる『オオカミ少年』の類ですね」
「オオカミ少年というと?」
どうやら彼はオオカミ少年の話を知らないようだ。
「西洋の童話にそういう話があるんですよ。日本で言えば、一種のおとぎ話のようなお話ですね」
「どういうお話なんですか?」
「これはある村に一人の羊飼いの少年がいたんですが、来る日も来る日も毎日羊の番をするだけのつまらない仕事ばかり。男の子はその状況に飽き飽きしてしまい、悪戯を思いつきました。それは、大声を出して村人に『大変だ。オオカミが来た』と言って騒ぎ立てるんです。村人は驚いて駆けつけてきましたが、村人のそんな様子に少年は大笑いしたんです。そして味をしめた少年は再度同じことをすると、また村人が大騒ぎする姿を、またもや大笑いしていたわけです。ところが、今度は本当にオオカミがやってくるわけです。少年は今度こそ大慌てで、叫びました。『オオカミが来た』とですね。でも、村人は無視します。少年の悪戯に嫌気がさしていたんでしょうね。それから、ウソをいう男の子のことを『オオカミ少年』というようになったというお話ですね」
「うーん」
彼は少し訝しそうに首を捻った。
「先ほどのお話との絡みは後に置いておいて、今の『オオカミ少年』というお話だけを聞いているだけでは、何か釈然としない思いがあるんですが……」
と切り出した。
実は教授も中学生くらいの頃に最初にこの話を聞いたのだが、教授も彼と同じように釈然としない気持ちを抱いたのを思い出した。いくつかあったのだが、彼が似たような発想かどうかを考えた。
そもそもこの話をする時、教授の方で彼が自分の抱いた違和感と同じものを抱くように、ミスリードしたというのが本音でもあった。
「かなりのこじつけになるかも知れないですが、そこはご容赦ください」
と前置きを打ったうえで、
「いくつかあるんですが、まず第一にですね。少年が最初二回悪戯で、『オオカミが来た』と言ったわけですよね。親やまわりの大人は何も注意しなかったんでしょうか? 最初に注意していれば、少年もさすがに悪いことなんだと思って二度目はなかったかも知れませんよね」
これは教授も考えたことだった。
少年はさらに続ける。
「その次ですが、一番目から続いていると思っていただいてもいいと思いますが、このお話を全体から見た感想のようなものになります。結局村人はどうなってしまったのか? ということが何も出てきていませんよね? まずはこのあたりが私には気になったところですね」
これも教授の考えたことであり、こっちの方が問題は大きいと思っていた。
「まず第一の違和感ですが、確かにその通りです。ただ、おとぎ話に限ったことではありませんが、全体的な流れを優先すると、途中の細かい矛盾は無視されてしまうことは、小説や説話などではよくあることです。その証拠に普通に聞いただけの人はそこまで考える人、なかなかいないと思いますよ」
と教授がいうと、
「そうなんでしょうか? 皆似たような疑問を持ってはいるが、自分から言い出して話の腰を折るのを嫌だと思っていると考えたらどうでしょう?」
「あなたは、結構話を冷静に聞かれていたんですね。きっとそれは客観的に全体を見渡すように話を聞こうとしているからなんじゃないでしょうか? 普通だったら、初めて聞く話にそこまで考える人はいないんじゃないかって思います。だって最後まで聞かないと、話の大筋や、今話している内容が全体のどこあたりなのかなんてわかるはずもないからですね」
「そうなんですよね、でもなぜか初めて聞いた話なのに、何となくですが、話を聞きながら疑問点を頭に留めることができているような気がしたんです」
「それはさっき私が言った『デジャブ』という現象に近い発想なのではないですか?」
「いえ、そこまでハッキリとしているわけではないんです。別に以前に聞いたことがあるようなというような感覚ではないんですが、話の展開から、大体の流れが分かるというような感じでしょうか?」
教授はこれまで、この網元の息子を少し上から目線で見ていた。
それも仕方のないことで自分は大学教授、相手は網元とはいえ、しょせん一漁村の漁師出身だという歴然とした上下の壁を感じていたからだ。学歴がそれを物語っていて、最初から、彼に話の信憑性など求めていなかった。
つまりは、研究材料になるきっかけを話として聞かせてくれればよかっただけだった。彼の意見など別に大きな影響があるわけでもない。意見を言いたいのであれば言えばいいし、そんなに参考になることはないだけのことだと思っていた。
しかし、実際に話をしてみると、教授も感じたことをこの男は感じているようである。
――ひょっとして、この人は私のような研究者の道を歩んでいれば、私よりも素晴らしい研究を成し遂げるかも知れない――
と感じた。
何と言っても、
「冷静にまわりから全体を見ながら、細かいところぼ矛盾を見逃さない観点はすばらしいことだ」
と感じた。
しかも、それを感じたとしても、口にできる人はさらに少ないに違いない。そういう意味では教授が考えているよりも冷静にまわりを見ながら細かい矛盾を見逃さない人は想像以上にいるのかも知れないとも思った。
ただ、それを口にするには、相手が納得してくれるという自信がなければなかなか口にできるものではない。
教授のような研究者であればなおさらで、相手に納得させられるだけの根拠はなければ、それこそ、「オオカミ少年」と同じになってしまう。それが分かっているから、なかなか口にできないのだ。
だが、彼の場合はそこまで考えているかどうか分からないが、少なくとも教授と違って失うものがないことを考えると、そこまで自信がなくともいいのかも知れないが、ただ、網元の息子で将来は自分が網元を継ぐことになるという意識を持っていれば、教授としての立場と、遜色ないほどの自信が必要になる。一種の、
「覚悟」
と言ってもいいだろう。
「さて、もう一つの説ですが、これも最初と同じような発想になるかも知れないですね。物語として成立させようとすれば、村人がどうなったのかを説明すると、くどくなる思ったのかも知れませんね」
「それだけでしょうか? 僕は最初の違和感とこの違和感では似ているようで、どこか明らかな違いを感じるんです」
これは教授も感じたことだった。
だが、その時の教授はその疑問を最後まで解決させることができず、自分の中で抱え込んでいた。そして今でもその答えは見つかっていない。
いまさら彼がこの話題を引き出してくることで、止まっていた時が動き出したような気がした。
その時というのは、すべてが同じタイミングで動いているわけではないと感じる「時間」であり、いわゆる「パラレルワールド」に繋がるものだった。