妖怪の創造
「ええ、だから夜になると暗闇だったんでしょうね。でも、火がないことで人間社会は貧困にあえいでいた。それを見かねたピウロメテウスという者が、人間に火を与えてしまった。ゼウスはそれに怒りを覚えたんですね」
「どうして火を与えてはいけないということだったんですか?」
「火を与えると、人々が火を使って争いを起こすという懸念からだったと言われています。先ほども断っておきましたが、あくまでも諸説ですけどね。それでゼウスはプロメテウスに対して拷問を与えると同時に、人間社会にもバツを与えようと画策したんです」
「何かそれって、筋違いのような気がしますけど」
と彼がいうと、
「そうかも知れませんが、神話としては、そのバツの役割として創造されたのが、『女性』だったわけです」
「じゃあ、女性というのは、神様がこの世に与えた邪悪なものだったわけですか?」
「ギリシャ神話ではそうなっていますね。そこでゼウスは女性を創造させ、それを人間世界に送り込んだ。その女性の名前が『パンドーラ』というんです」
「じゃあ、パンドラの匣のパンドラというのは、女性の名前だったんですね?」
「そういうことです。そして、彼女は神々からいろいろな贈り物を与えられた。それは男性を色に堕とすような魅力や作法であったり、女のすべき仕事の能力を与えられました。そしてその時に一緒に与えられたのが一つの箱だったんです。ゼウスは、その箱は決して開けてはいけないとパンドラに言って、人間界に送り込みますが、彼女はその誘惑に負けて、箱を開けてしまいます。すると疫病だったり犯罪だったりというありとあらゆる災難が世の中に飛び出しました。ただ、箱の中に残ったものもあるそうです。それは『希望』と訳されるものだったようですが定かではありません。これがザックリですが、『パンドラの匣』の説話になります」
「神様って、人間よりも欲深く、人間臭いのかも知れないんですね」
「その通りだと思います。でも面白いのは、これに似たお話が日本にもあるじゃないですか」
「浦島太郎の玉手箱のお話ですね。あれも開けてはいけないという箱を開けてお爺さんになってしまった。確かに似ていますね」
「それ以外にも、見てはいけないものを見てしまったために不幸になったというような神話やおとぎ話は結構たくさんありそうな気がします。一般的に残っていなくても、その地域にだけ残っている話の中も考えれば、結構あると思いますよ」
「なかなか難しいですよね」
「ところで、最初の人間という説では、ギリシャ神話は最初は全部男だったという説になっていますが、それを聞いて、不思議に思う人も多いと思うんです。特に日本の神話を知っている人にはピンとこない。また、世界の神話を中途半端に知っている人にも違和感があるはずなんです」
「どういうことですか?」
「世界的な人類創造として信じられているのは、『アダムとイブ』という話なんです。この二人が人類最初の人間と言われ、アダムが男性で、イブは女性ということです」
「そのお話は聞いたことがあります」
「だから、ギリシャ神話のお話は何か違うと思うのでしょうが、このアダムとイブのお話というのは、聖書の世界のお話なんです。つまりはキリスト教ですね。日本は中世にキリスト教が伝わり、西洋の知識と言えば、キリスト教から入ってくるものがほとんどでした。時代によっては、鎖国を強いられていたり、バテレン禁止令が敷かれていた李と、キリスト教が迫害されていましたが。やはり西洋というとキリスト教だったんでしょうね。だからその時々の政権はキリスト教を怖がって、禁止にしたりした。特に中世ではキリスト教布教を先に行って、その際に相手国を偵察し、その後、侵略するというやり方を取っている国がありましたので、政府も注意していたんでしょう。私はキリスト教を禁止したことを、頭ごなしに間違いだったとは言えないと思います」
「そうやって考えると、世界の事情も面白い気がします」
「私はここの祠に奉納されていたという箱の話を聞いた時、最初に感じたのは、このパンドラの匣だったんです。開けてはいけないという暗示のようなものがあったのではないかと思いましたが、私の思い過ごしのようですね」
と教授が言うと、
「あくまでも今までのお話はすべて諸説あることの中の一般的に言われていることということですよね。そういう意味では、まだパンドラの匣と別物だとは言い切れないかも知れませんね」
と彼はいう。
――この人は、実際に材料があって研究させると、この私よりももっと画期的で奇抜な発見ができる人なのかも知れない――
と感じた。
発見というのは好奇心から生まれるもので、さらに人と同じ意見に合わせていては決して発展性はない。そう思えば、彼のようにいろいろ聞いてきたり、相手の意見を聞いて、ハッキリと自分の意見を言えるような人が本当の研究者なのではないかと教授は考えたのだ。
彼は続けた。
「今のお話を聞いて、すぐにというわけではなかったのですが、徐々に初めて聞いたはずのお話なのに、以前にも感じたことのある思いがこみ上げてきたような気がするんですが、これも先ほどおっしゃっていた『デジャブ現象』なのでしょうか?」
「そのようですね。でも厳密にいう『デジャブ現象』というのは、これも一般的な意見ですが、普通であれば、話を聞いているその時に気付くものなんです。私も経験がありますが、話を聞き終わった後で、思い返したように感じるというのは、少し違った現象なんじゃないかって思うんです」
「でも、理屈としては同じものなのでは?」
「そうかも知れませんが、一つ大きく違うのは、一般的なデジャブは無意識に感じることであって、今のあなたの場合は、一度聞き終わって改めて考えた時に感じたことですよね? そうなると、そこにはあなたの意志のようなものが働いていると思わざるおえないんですよ」
と、彼は答えた。
「そういえば、妖怪の話ですが、私は海によく出る妖怪というのも、研究してきたんですが……」
と教授が言いかけた。
「はい」
「海の妖怪というのは、非常に怖いものが多いようですね。特に言われているのは、まず第一に、決まった時間に出るものが多いということのようです。特に夜に見かけるものが多いということですね。そして見ると死んでしまうという話もよくあるようです。ただ、死なないためのおまじないや研究も昔からあるようですよ」
「それがあの祠のおまじないなんですね」
「ええ、そういうことになるんでしょう。でも、私は一つ不思議なんですが、どうしてあれを見て昔の人はすぐにその図形が、海の妖怪から守るためのおまじないに繋がると考えたんでしょうね。確かに海が近いというのもありますが、昔から伝わっているものなので、事情も変わってきている可能性もありますし、もし事情が変わっていないとしても、ちょうど目の前に人がよく亡くなると言われている場所があるんですから、そちらの供養だとは思われなかったんでしょうか?」
と聞いてきた。
「確かにそれはそうでしょうね。でもそこには何か『お告げのようなもの』があったと聞いています。誰かの夢に出てきたので、それが真実のように受け入れられたということのようです」