短編集79(過去作品)
自分を正当化したいがために、保はその気持ちを文章に込める。自分で読み返してみても、なかなかな出来栄えだ。保はその作品を文学賞公募に出したが、何と、特別賞を取ることができた。当時は浮気や不倫などの話がブームで、内容が衝撃的であればあるほど、読者の注目を浴びた時代である。そんな時代が功を奏したのだろう。
それからも、保は作品を発表し、そのジャンルでは少し売れてきた。宇津木聡に少しでも近づきたいという気持ちがあったからだ。
ある日の出版記念パーティで、作家仲間と、
「私は宇津木聡さんに憧れて、本を書こうと思ったんですよ」
と話したことがあった。
「宇津木聡? そんな作家知りませんよ」
「え? 私は中学時代に読んでから夢中になったんですけどね」
「いや、私も知りませんね」
その話を聞いていた出版社の人が口を挟んできた。作家仲間と出版社のいうことなので、信憑性のない話ではない。
ついこの間まで、宇津木聡についての作品を特集していたはずなのに……。
最近、保のまわりで少し変化があった。
おじさんが自殺したのだ。自殺を図るような素振りはまったくなかった。少なくとも今までのおじさんと変わりなく保には接していたからだ。だが、葬式に列席した人からは、
「思いつめた顔をしてましたからね。やっぱり自殺したんですね」
という話が聞かれた。
これは肉親以外には知られていないが、おじさんの遺書の中から衝撃的な事実が出てきた。それは母と不倫をしていたという話である。厳格な父に怯えていた母の心におじさんが入り込んだという絵に描いたようなどこにでもある話である。
中学の時におじさんに付き合って行った街を思い出した。そして、モーテルのカビ臭い匂いも……。
しかし、そんな話と宇津木聡の本の内容がオーバーラップしてしまう。おじさんが亡くなってしまってから、保は急に売れ始めた。アイデアがどんどん浮かんでくるのである。まるで自分が宇津木聡になったような心境で、いやおじさんが乗り移ったのかも知れない。
おじさんがこの世のものではなくなってしまうと、宇津木聡も忽然とその存在をすべての人から消してしまった。そして、そこに保が新鋭作家として台頭してくる。ただの偶然ではない。
保はいったい誰を追い求めるのだろう。
最近は、母が自分を見つめる目が怪しく光っているのを感じていた……。
( 完 )
作品名:短編集79(過去作品) 作家名:森本晃次