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短編集79(過去作品)

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 と言っている人がいた。確かに萩には維新の元勲の史跡がかなり残っている。元々の城下町でもある萩は、山陰地方という立地条件のためか、今でもあまり交通の便がよくないところである。まわりにはそれほど大きな都市もないので、萩に集中しているのかも知れない。
 訪れてすぐに高杉晋作ゆかりの地へとやってきた。さすがに彼を偲ぶ人が多いようで、観光客のメッカになっているようだ。そこで知り合った人と、運命的な出会いを感じるのはどうしてだろう?
 思わず声を掛けてしまった。
 相手は女性である。横顔が素敵だったというのが第一印象である。気付かなければ普通の女子大生のように思うだろうが、よく見ると、大人の色香を感じるのだ。まるで明治時代からタイムスリップしたような雰囲気は、落ち着きと風格を感じる。史跡を見つめる真剣なまなざしが、他の女性とは完全に違っていた。
「高杉晋作がお好きなんですね?」
 声を掛けられて、さぞや驚くかと思ったが、それほど表情に変化はなかった。
「ええ、彼の人生には惹かれるところがあります。ずっと前から来てみたいと思っていて、やっとその思いを遂げることができました」
「それはよかったですね。今日という日が最高の日になればいいですね」
 この言葉を口に出して、思わず自分の本音を言ってしまったと思った義弘は、少し顔が熱くなるのを感じた。
 今まで女性を好きになったことは何度かあるが、自分から声を掛けられない小心者である。しかし旅に出ると不思議なもので、心が大きくなるのか、気がつけば声を掛けていた。今回もそうだった。
 知らない土地で、知らない人と出会う偶然。それが同じ時間に、同じ土地に居合わせるのである、ちょっとしたタイミングで簡単にすれ違ってしまう時間、それを一緒にできるのだから、運命というのは実に興味深いものである。
 だからこそ、声を掛けてしまう。声を掛けなければもう二度と会えないと思うからだろうか。それとも運命を逃がしたくないと思うからだろうか? 本当の運命というのがどんなものか分からないので、すべてを逃したくないと感じているからに違いない。
 彼女、名前を佐久間弘子といい、東京の女子大生である。義弘の大学からそれほど遠くないことも、運命を感じさせた。
「歴史がお好きなんですか?」
「歴史というよりも高杉晋作という人間が好きなんですね。破天荒な人生の中でも、毅然とした態度で、他の人を唸らせてしまう。女性ってそんな男性に惹かれるんですよ」
「私などは、彼に女性的なところも感じますね。詩に精通しているところなど、そうは言えないでしょうか?」
 少し神経質そうな顔立ちのどこにそれほど毅然とした態度を見せる雰囲気があるのだろう。ギャップを感じることが、一番の魅力だと義弘は考えていた。
 歴史上の人物に自分をなぞらえたことなどないが、高杉晋作のような人に憧れを持つ人は、きっとどこか同じようなところがある人なのだろう。義弘のようにギャップに魅力を感じる人は珍しいかも知れないが、それでも、どこかに共通点があるに違いない。
「イギリス艦隊の砲撃の際に、休戦交渉で立ち会った時に一歩も引かなかったと言われる彼の潔さが、一番震撼させられましたね」
 本で読んだことがあるが、ギャップを感じたのはまさにそこである。神経質という雰囲気に、どこか悪戯っ子のような顔立ちを思い出してしまう。
 このあたりの感じ方は、ほとんど東と変わらなかった。この三人が揃えば、きっと時間の経過を感じない会話になることだろう。想像しただけで、愉快だった。
 元々、あまり計画を立てて旅行する方ではない義弘は、その日の宿も夕方決めるつもりだった。いざとなればユースホステルなら空いていると思ったからだ。学生の一人旅、ユースホステルの楽しさは十分に知っていた。
 だが、せっかく知り合ったのだから弘子に泊まる宿を聞いてみた。義弘が宿を決めていないと言うと、
「私は東萩駅近くの旅館に泊まることにしています。それならば連絡を取ってみましょうか?」
 と言って、携帯電話で連絡を取ってくれた。
「空いているそうですが、どうされます?」
「じゃあ、私も一部屋予約しておいていただけますか?」
「分かりました」
 初対面で少しずうずうしいとも思ったが、これが旅の醍醐味、旅行に出れば気持ちも大きくなってしまう。
 夕方近くになれば、暑かった日中から比べて少しは楽である。しかし、身体に残った疲れはどうすることもできず、汗でべとべとになった身体に、シャツが纏わりついてきて気持ち悪い。
 海岸線を見ていると、萩城跡の方に沈みかけている夕日が見える。昼の間歩いていた町並みを焦がした太陽が、これでもかと容赦なく武家屋敷の屋根を焦がしている。足の裏に痺れを感じ、焼けるような痛みがあった。
 よほどの疲れが足に来ているのだろう。それほどの距離を歩いたわけではないのに、これほどの痛みを感じるのは、普段歩かないところを歩いたからだろう。歩きにくいところを歩いたわけではないが、普段よりもすべてが近くにあるような気がして、距離があるにもかかわらず、近いものだと思い込んでいた。そのため身体の至るところに余計な力が入ってしまうのだろう。
「露天風呂にでも浸かれば、疲れが取れるかな?」
「お疲れのようですね。旅行って、思ったよりも疲れますものね」
「ええ、気分転換に出かけてきたつもりだったんですけど、やっぱりいつもいるところではないと開放的になっているつもりでも、疲れを溜め込んでいるのかも知れませんね」
 足の裏に残った痺れを感じながら義弘は話した。
「眠くもなるんですよ。特に移動中の電車の中とかですね」
「電車の揺れって、睡魔を誘う何かがあるんじゃないでしょうか? 無意識に揺れに身を任せているでしょう。それがゆりかごのような作用をもたらすのでしょうね」
 電車の中で眠っている人が多いのは、睡魔を誘う作用が、自分だけでないことを示しているように思える。電車を降りれば身体がしゃきっとするのに、電車の中で聞く音すべてが子守唄に感じられて不思議である。
 宿に入ることには、夕日は水平線の彼方に消えていた。萩城跡を見学して宿へと向かったが、レンタサイクルでの移動中に気がつけば夕日が沈んでいた。
 萩という街は、レンタサイクルで回るのが主流となっている。街全体が観光地化されているような感じで昔の佇まいをそのままに、情緒豊かな観光を望むことができる。淵に鯉が泳いでいるところもあり、西の小京都と言われる津和野と並び、観光コースの一つである。
 木造の日本家屋が、木の生い茂った中にヒッソリと佇んでいる。木陰は深緑に彩られていて、日中でも涼しそうな雰囲気を醸し出している。だが、夕方であってもそんな気分にさせてくれないのがセミの声で、搾り出すような鳴き方には執念すら感じさせる。
 木陰の根元は少し濡れていた。宿の人が水でも撒いたのだろう。昼間容赦なく太陽が照りつけたところはすぐに乾いたが、そうでないところはまだ水が残っているというわけである。少しでも気持ちよくなれそうな気がした。
 いかにも情緒あふれる土地の旅館らしいところだ。若い女性が一人で泊まるというのも実に意味深な感じがする。
「何だか懐かしいわ」
作品名:短編集79(過去作品) 作家名:森本晃次